Jane Russel。『ならず者』。あまりに扇情的と上映禁止。監督が裁判を起こし勝って公開。




2003ソスN10ソスソス18ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 18102003

 野菊また国家の匂い千々に咲く

                           坪内稔典

語は「野菊」で秋。野菊という種類はなく、野生の菊の総称だ。作者の意識のなかには、むろん皇室の紋章(菊型ご紋・十六弁八重表菊)がある。野菊も仲間だからして、同じように「国家の匂い」がするわけだ。このあたり、ちょっと意表を突かれる。というのも、私たちは通常皇室の紋に匂いを感じることはないからだ。なんとなく無臭というイメージを持ってきているが、言われてみればなるほど、匂ってこその菊の花である。鎌倉期の後鳥羽上皇が愛でたことから天皇家代々の紋として定着したのだそうだが、上皇は当然その匂いへの愛着をも込めて図案化したはずである。それが幾星霜を経るうちに、とりわけて明治以降の天皇独裁制で庶民との関係が完全に切れて以来、紋の匂いも雲の上に消えてしまった。明治以前の京都では、御所の近所を「天皇はんが散歩してはった」と世間話に出るくらいに、まだ庶民との距離は近かったのである。すなわち、この句は野菊の匂いを詠んでいるのだが、逆に天皇家の菊紋の匂いをあらためて読者に想起させることになったというわけだ。そして「千々に」は、「君が代」の歌詞「千代に八千代に」にうっすらと掛けてある。仁平勝に言わせると、坪内稔典の方法は「ひとことでいえば、言葉の属性をすべて利用すること」だが、その通り。掲句も「菊」一語の属性からの連想展開で、これだけの妙な生々しさを出せるところがネンテン俳句の面目なのである。『猫の木』(1987)所収。(清水哲男)


October 17102003

 もう逢わぬ距りは花野にも似て

                           澁谷 道

語は「花野(はなの)」で秋。秋の草花の咲き乱れる野のこと。それも、広々とした高原や原野などの自然の野を言う。いかにも文芸的な言葉と言おうか、詩語と言おうか、昔でも口語としては使われなかったのではなかろうか。おそらくは、和歌から発した雅語的な書き言葉だろう。そう思ってきたから、私など無粋者には使いにくい季語の一つだ。「村雨の晴るる日影に秋草の花野の露や染めてほすらむ」(大江貞重・1312年『玉葉集』)。また「距り」は、「きょり」ではなく「へだたり」と読ませるのだろう。このあたりも和歌的な句の感じがするけれど、全体的にも和歌的な雰囲気を湛えた発想だ。片思いの句。恋しいが、逢えば逢うほどつらくなる。そこで「もう逢わぬ」と固く思い決めてはみたものの、やはり後ろ髪を引かれるような気持ちが残る。思い決めてみると、相手とのへだたりは無限に遠くなるはずが、なお「花野にも似て」、すぐにでも引き返せそうなそうでないような曖昧な距離として感じられると言うのだ。広い野に咲く花々は、作者の思慕の念の象徴とも見え、恋の成就ののちの楽しかるべき幸福な時間のそれとも映る。しかしいまそこには、寂しい秋の風が吹き渡っているのだ。「花野にも似て」の連用止めは極めて和歌的で、ここに作者の秋風に揺れ動く花のような寂しさが込められている。女性ならではの美しくも切ない句だと読めた。『縷紅集』(1983)所収。(清水哲男)


October 16102003

 白粉花の風のおちつく縄電車

                           河野南畦

語は「白粉花(おしろいばな)」で秋。この場合は「おしろい」と読ませている。栽培もされるが、生命力が強いのか、野生のものが多いという印象。それも路地裏などによく咲いており、夕方にしか開かないので、秋の寂しげな暮色とあいまって、そぞろ郷愁を誘われる。昔は夕仕度の煙や匂いが町内にながれ、豆腐屋のラッパが聞こえてきた。そんな路地への、元気な子供たちの登場だ。白粉花を揺らしている冷たい風も、子供たちには関係がない。それを「風のおちつく」と言ったのだろう。「縄電車」は子供の遊びで、輪にした縄の前方に運転手役、後方に車掌役の子が入り、残りの子は乗客の役となって「ちんちん電車(路面電車)」ごっこと洒落る。「電車ごっこ」という文部省唱歌(小学一年用)があったくらいだから、ひところは全国的に隆盛をきわめた遊びだった。♪運転手は君だ 車掌は僕だ あとの四人が電車のお客 お乗りはお早く動きます ちんちん。この歌で注目すべきは「車掌は僕だ」と誇らしげなところ。実際、電車ごっこでは車掌役がいちばん面白い。キップに鋏を入れたり、出発の笛を吹いたり、次の停車駅名をアナウンスしたりと、することが沢山あるからだ。運転手役は先頭にいて一見偉そうなのだが、ただ偉そうなだけで、すべては車掌の指示に従わなければならない。お客に小さな子がいれば、あまりスピードを出せないわけで、それも最後尾の車掌が縄を引いてコントロールする。誰もが車掌になりたがった。あれで、なかなか子供社会も複雑なのだ。「おしろいが咲いて子供が育つ路地」(菖蒲あや)。掲句と合わせて読むと、子供たちに活気のあった時代がいよいよ偲ばれる。『俳句の花・下巻』(1987)所載。(清水哲男)




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