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January 3012004

 病む妻へ買ひ選る卵日脚伸ぶ

                           中村金鈴

語は「日脚伸ぶ」で冬。冬至を過ぎると、わずか畳の目ひとつずつくらい日脚が伸びてくる。春が、ゆっくりと近づいてくる。「病む妻」のために、店先で卵を選る作者。粒ぞろいの卵がワンパックいくらの時代ではなかったから、大の男が慎重に一個ずつ選んでいる。昔の卵は高価だったし、おおかたの庶民は病気の時くらいしか口にできなかった。そういうこともあって、選ぶのも慎重になるわけだが、この慎重さに妻へのいつくしみの心が重なっている。このときに、「日脚伸ぶ」の候は吉兆のように思える。彼女が伸びてゆく日脚とともに、快方に向かってくれているような気がするのだ。何度か書いたことだが、その昔の我が家はこの卵を供給する側だった。といっても三十羽程度しか飼っていなかったけれど、貴重な現金収入源だったので、まず家族で口にすることはなかった。たまに何かの拍子でこわれてしまい、売り物にならなくなったものを食べた。鶏はみな放し飼いである。彼らの世話の一部が、学校から帰ってきての私の仕事。夕暮れに鶏舎に追い込んでから風呂をわかし、仕事が終わる。その風呂のかまどの火の明りで、いろいろな本を読んだ。あるとき父が購読していた「養鶏の友」を見ていたら、バタリー方式なる画期的な鶏の飼い方が紹介されていて、目を瞠った記憶は鮮明だ。現在の工場みたいな卵生産装置のさきがけである。バタリー方式はあっという間に広がり、すでに半世紀以上を閲している。しかし、生きているものを身動きもならない狭間に閉じ込めておいて、生態系にゆがみが生じないわけがない。鳥インフルエンザは、そのゆがみの現れだと思う。ツケがまわってきたのだ。『俳句歳時記・冬之部』(1955・角川文庫)所載。(清水哲男)




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