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March 1632004

 自分の田でない田となってれんげも咲く

                           三浦成一郎

語は「れんげ(蓮華草・紫雲英)」で春。いまでは化学肥料の発達で見られなくなったが、かつては緑肥として稲田で広く栽培されていた。この季節に紅紫色の小さな花が無数に田に咲いている様子は、子供だった私などの目にもまことに美しかった。春の田園の風物詩だったと言ってもよいだろう。その美しい情景が、もはや「自分の田でない田」に展開している。生活苦から手放した田と思われるが、他の動産などとちがって、売った田や山は、このようにいつまでも眼前にあるのだから辛い。「れんげも」の「も」に注目すると、自分が所有していたころには「れんげ」を咲かすこともできなかったのだろう。どうせ手放すのだからと、秋に種を蒔かなかった年があったのかもしれない。いずれにしても、他人の手に渡ってから美しくよみがえったのである。その現実を突きつけられた作者の胸の疼きが、ひしひしと伝わってくる。戦前の一時期に澎湃として起こったプロレタリア俳句の流れを組む一句だ。五七五になっていないのは、虚子などの有季定型・花鳥諷詠をブルジョア的様式として否定する立場からは当然のことだったろう。プロレタリア俳句の萌芽は、自由律俳句を提唱した荻原井泉水の「層雲」にあったことからしてもうなずける。リーダー格の栗林一石路や橋本夢道、横山林二などは、みな「層雲」で育った。「山を売りに雨の日を父はおらざり」(一石路)、「ばい雨の雲がうごいてゆく今日も仕事がない」(夢道)。掲句が発表されて数年後には京大俳句事件などが起き、言論への弾圧は苛烈を極めていく。俳句を詠み発表しただけで逮捕される。今から思えば嘘のような話だが、しかしこれは厳然たる事実なのだ。自由な言論がいかに大切か。こうした歴史的事実を思うとき、いやが上にもその思いは深くなる。「俳句生活」(1935年7・8月合併号)所載。(清水哲男)


July 0972004

 シャツ雑草にぶっかけておく

                           栗林一石路

季句だが、明らかに夏の情景だ。猛烈な炎天下、もうシャツなんて着てはいられない。辛抱しきれずにしゃにむに脱いで、そこらへんの雑草の上に、かなぐり捨てるように「ぶっかけておく」。まるで「ファィトーッ、イッパーツ、○○○○○○ !」みたいなシーンを思う人もいるかもしれないが、句の背景はあんなに呑気なものじゃない。工事現場でツルハシを振っているのか、荒地でクワを振っているのか。いずれにしても、生活をかけた過酷な労働を詠んだ句である。「ぶっかけておく」という荒々しい表現が、酷暑のなかの肉体労働者の姿を鮮明に写し出し、理不尽な社会への怒りを露にしている。失うものなど、何もない。そんなぎりぎりのところに追いつめられた労働者の肉体が、汗みどろになって発している声なき声なのだ。戦前のプロレタリア俳句運動の代表句として知られるこの一句は、現在にいたるもその訴求力を失ってはいない。これが俳句だろうかだとか、ましてや無季がどうしたのとかいう議論の次元をはるかに越えて、この力強く簡潔な「詩」に圧倒されない人はいないだろう。そして詩とは、本来こうあるべきものなのだ。根底に詩があれば、それが俳句だろうと和歌だろうと、その他の何であろうが構いはしないのである。くどいようだが、俳句や和歌のために詩はあるのではない。逆である。『栗林一石路句集』(1955)所収。(清水哲男)




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