久しぶりに新宿へ。ついでにいろいろと用足しをしようとは思うけど、暑いからなあ。




2004ソスN7ソスソス13ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

July 1372004

 寝ころぶを禁ず寺院の夏座敷

                           田宮真智子

語は「夏座敷」。句を読んで、ふと京都嵐山の禅寺・天龍寺の大方丈を思い出した。四十八畳敷きという広さだ。学生時代に一人で気まぐれに訪ねて、しばし寝ころんでいたことがあった。たしか暑い盛りだったと思うが、観光客の影も見えず、まさに唯我の境。あまりにも気持ちがよかったので、もう一度あそこで寝ころんでみたいと思いつつ、果たせずに四十数年が経ってしまっている。でも、もう駄目だろうなあ。句のように、おそらくは「寝ころぶを禁ず」となっているに違いない。お寺さんも、近年は野暮になってきた。拝観料という名の入場料は取るし、撮影は禁止とくるし、あれしちゃいけない、これもいけないと、こんなのはみな仏の道に反するのではあるまいか。寝ころぶなどは、禁じなくともよいのではないか。何か不都合があるのかと考えてみたが、思い当たらない。寝ころぶどころか昼寝をしたい人がいれば、自由にさせてあげる。それくらいの広い心がなくて、なんの「寺院」だろう。作者は別にいきどおっているわけではないけれど、この寺のたたずまいなどを詠まずに貼り紙を詠んだところに、寺側の現世への俗な執着をうとましく思う気持ちが滲んでいる。せっかくの広々とした「夏座敷」のすずやかな印象も、一枚の貼り紙で減殺されてしまった。現代ならではの皮肉を含んだ句だが、そんな現代が作者とともに恨めしい。『小鳥来る』(2004)所収。(清水哲男)


July 1272004

 百日紅鮮やかヘルンの片眼鏡

                           藤本節子

語は「百日紅(さるすべり)」で夏。これを書いている窓からは、咲き始めた紅い花が見えている。「ヘルン」はラフカディオ・ハーン(小泉八雲)で、当人は「ハーン」の「ー」の音を嫌い「ヘルン」を好んでいたそうだ。子供の時に左目を失明し、右目も極度の近視だった。写真を見ると右顔しか見せていないが、たぶん左の義眼を苦にしていたのだろう。ところで、句はどんな情景に発想したのだろうか。松江の旧居や記念館には行ったことがないので、百日紅があるのかどうかは知らないが、あるとしたら松江の夏を詠んでそれこそ「鮮やか」だ。だが、もう一つまったく別の情景を想像することも可能である。八雲が没したのは、今からちょうど百年前の九月二十六日。葬儀は市ヶ谷の寺で執り行われ、寺の庭には百日紅が勢いよく咲いていたという証言が残っている。となると、これは追悼句であり、遺品の「片眼鏡」を通してのヘルン哀惜の情が、これまた鮮やかに浮かんでくる。私の好みでは後者に与したいけれど、どうだろうか。ただ、ヘルンは片眼鏡をあまり使わなかったらしい。珍しく使った例を、親しく謦咳に接した廚川白村が書いている。ヘルンは西洋人を嫌い、とくに女性を毛虫のように嫌っていた。ところがある日、彼の講義に、断りもなく西洋の女性教育家たちが参観に来た。「殆ど視力の利かなかつた小泉先生でも、この思ひ掛けない闖入者(イントルウダア)のあるのには氣附かれたものか、滅多に用ゐられない例のあの片眼鏡(モノクル)を出された。それを右の目に当てがつて女どもの方を凝視すること三四秒。また直ちにそれを衣嚢に収めて講義を続けられた。/其瞬間、思ひなしか、先生の面には不快の色が現はれた」。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


July 1172004

 學徒劇暑し解説つづきをり

                           後藤夜半

十数年ほど前の句。ちょうど私が「學徒(学生)」だったころの話だから、思わず苦笑させられた。たしかに理屈っぽかったなあ、あのころの学生は……。演劇のことはよく知らないが、スタニスラフスキー・システムがどうのと、演劇部の連中はよく議論してたっけ。チケットを売りつけられてたまに見に行ったけど、能書きばかりが先に立って、よくわからない芝居が多かった。作者もまた、そんな演劇を見ている。はじまる前に解説があって、それがヤケに長いのだ。当時のことゆえ、学生が借りられるような会場に冷房装置はないのだろう。長く七面倒くさい解説にはうんざりさせられるし、暑さはますます厳しいし、何の因果でこんなものを見に来る羽目になったのかと、我が身が恨めしい。どうやら、まだまだ解説はつづくようだ。やれやれ、である。いまどきの学生演劇でこんなことはないと思うが、演劇に限らず、昔の学生の文化活動には、どこか啓蒙臭がつきまとっていた。無知なる大衆の蒙を啓こうとばかりに、ときには明らかな政治的プロパガンダの意図を持って、さまざまなイベントが展開されていた。傲慢といえば傲慢な姿勢ではあるが、しかし一方で自分たちの活動に純粋な信念を持っていたのも確かだ。このことの是非は置くとして、作者ならずとも、心のうちでは文句を言い、大汗たらたら、団扇ぱたぱたで、しかし大人しく(!!)開幕を待つ人たちの姿が彷彿と浮かんでくる一句だ。『彩色』(1968)所収。(清水哲男)




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