January 162005
うそのやうな十六日櫻咲きにけり
正岡子規
季語は「十六日桜(いざよいざくら・いざざくら)」で新年。前書きに「松山十六日櫻」とあるように、愛媛県松山市にある有名な桜だ。正月十六日(旧暦)に満開となる。一茶がこの桜を見に出かけ、「名だたる桜見んと、とみに山中に詣侍りきに、花は咲満たる芝生かたへにささえなどして、人々の遠近にあつまりたる……」と日記に記した。小泉八雲も『怪談』で紹介している。もっともこの桜は戦災で焼けて枯れてしまい、現在伝えられている樹は元の樹の実から育てたもので、満開は新暦三月初旬頃だそうだ。早咲きには違いないが、子規が見た頃のように「うそのやうな」早咲きぶりではない。掲句は明治二十九年(1896年)の作。既に体調がおもわしくなく「二月より左の腰腫れて痛み強く只横に寝たるのみにて身動きだに出来ず」という状態。それでも「四月初め僅かに立つことを得て」、「一日車して上野の櫻を見て還る」と花見に出かけていった。このときに詠まれた句だから、写生句ではない。上野の桜を見ているうちに、卒然と故郷の花を思い出したのだろう。誰にだって故郷贔屓の気味があるから、咲く時期の早さといい花の見事さといい、上野の花よりも十六日桜のほうに軍配をあげている。「うそのやうな」には、そんなお国自慢めいた鼻のうごめきが感じられる。が、内心では、もう一度あの花を見てみたいという望郷の念止み難いものもあったに違いない。べつに名句というような句ではないけれど、珍しい新年句として紹介しておく。『子規句集』(1993・岩波文庫)所収。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|