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January 2712005

 吸殻に火の残りをる枯野かな

                           山口珠央

語は「枯野」で冬。誰が捨てたのか、煙草の吸殻が落ちている。気になったので立ち止まってよく見ると、まだかすかに火がついたままだ。うっすらと煙も立ち上っている。あたりは一面の「枯野」原だ。危ないではないか、火事になったらどうするのだ。捨てるのならば、消えたかどうかをきちんと確認してほしいものだ。……といったような、心ない煙草のポイ捨てにいきどおっている句では、実はないだろう。作者が意図したのはおそらく、眼前に広がる枯野がどのような枯野なのかを、描写的にではなく実感的に提示したかったのだと読む。だから実際にそこに吸殻は落ちていなかったのかもしれないし、落ちていたとしても完全に火は消えていたのかもしれない。いずれにしてもそこに火の消えていない吸殻を置くことによって、見えてくるのはいかにも乾いていてよく燃えそうな枯れ木や枯れ草、枯れ葉の一群であり、それらが延々と広がっている情景だ。いかに描写を尽くそうとも伝わらないであろう実感的な情景を、小さな吸殻に残ったちいさな火一つで伝え得た作者のセンスはなかなかのものだと思う。作者の句としては、他に「トラックやポインセチアを満載に」「古物屋や路地にせり出す炬燵板」などがある。いままで知らなかった名前の人だが、こういう才能を見つけると嬉しくなってくる。煙草が美味い。「俳句」(2005年2月号・「17字の冒険者」欄)所載。(清水哲男)




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