1800年以降で今年が最も暖かいだろうとNASA。となれば夏は昨年以上の猛暑か。ひぇー。




2005N213句(前日までの二句を含む)

February 1322005

 茗荷竹普請も今や音こまか

                           中村汀女

語は「茗荷竹(みょうがたけ)」で春。茗荷の茎が伸びはじめたばかりの若芽。地面から頭を出しはじめたころ、枯葉、枯れ草に埋もれながら育ちつつあるところを採取するので、花茗荷(ハナミョウガ)のように白い素肌に紫色や淡い緑色が差した姿をしている。この時期の刺身のツマなどでもおなじみだ。朝餉時、味噌汁か酢の物か、作者は早春の香りを楽しんでいる。今朝も近所からは、このところつづいている「普請(ふしん)」の「音」が聞こえてきた。道普請などの土木工事ではなくて、おそらく家を建てているのだろう。何日か前までは騒々しかったその音も、気がつくと「今や」だいぶ「こまか」になってきた。完成も間近で、最後の仕上げに入ってきたことが知れる。茗荷竹の早春の香りと新築家屋の仕上げの音。この目には見えない取り合わせに、作者は本格的な春の訪れを予感して明るい気持ちになっている。「音こまか」の発見に、うならされる。さすが汀女だ。以下脱線するが、茗荷といえば東京の文京区に「茗荷谷(みょうがだに)」という地名がある。調べてみたら、昔はやはり茗荷畑が多く見られたことからの命名のようだ。現在、その名は営団地下鉄丸ノ内線の駅名と茗荷坂(「切支丹坂」とも)の名に残っているのみで、往時の畑などはカケラも想像しようもないほどに変貌してしまっている。『女流俳句集成』(1999・立風書房)所載。(清水哲男)


February 1222005

 梅林の咲きて景色の低くなる

                           粟津松彩子

語は「梅(林)」で春。暖かい地方では、そろそろ見頃を迎えたころだろうか。作者の居住する京都だと、御所あたりの梅はちらほらと咲きはじめているにちがいない。言われてみれば、なるほど。咲いていないときは、「まだ咲かないか」と私たちは梅の木の上のほうにばかり視線をやるけれど、咲いてしまえば当然低い枝にも咲くわけだから、全体的に「景色」が低くなったように感じられる理屈だ。当たり前と言えば当たり前であるが、こうしたことを面白がって言える文芸は、他にはない。さすがに句歴七十余年のベテランらしい目の所産であり、いわゆる玄人好みのする一句だと思う。俳句に長年コミットしつづけていれば、このように上手にいくかどうかは別にして、だんだんに俳句的な目というものが身についてくる。俳句を知らなかったら想像だにしないであろう物の見方が、ほとんど自然に備わってくる。構造的には人それぞれに身についた職業的な物の見方と似ているが、多くの人にとって句作は職業ではないので、純粋に物の見方の高まりや広がりとして発露することができる。ただ危険なのは、こうして身についた俳句的物の見方を後生大事にしすぎるあまりに、複雑な現実の諸相を見失うことだろう。掲句のように、俳句でしか言えないことはある。が、俳句では言えないこともたくさんあるということを、私たちは忘れてはなるまい。『あめつち』(2002)所収。(清水哲男)


February 1122005

 紀元節今なし埴輪遠くを見る

                           山口草堂

語は「紀元節」で春。戦後、昭和二十三年に廃止されたが、昭和四十一年に「建国記念の日」として復活した。復活ではないというのが国家の正式見解ではあろうが、この祝日が紀元節を受けて制定されたことは明らかだ。掲句が作句されたのは、したがって今日(きょう)が祝日ではなかった二十年間のどこかの時点だということがわかる。戦前の紀元節を知っている世代には、主義主張はともあれ、二月十一日が普通の日になってしまったことに一抹の寂しさは覚えたろう。昔ならばおごそかな式典が挙行され、「雲に聳(そび)ゆる高千穂の高根おろしに草も木も……」と歌ったものだったと……。おそらくは作者もその一人で、普通の日になってしまったことにいきどおっているのではなく、若き日に染み込んだ二月十一日感覚が通用しなくなったことへの寂寥感と時代の差への感慨とがこう詠ませたのだ。天皇の墓に侍した「埴輪」の目が、今日という日にはなおさらに遠くを見ているように感じられる。ついでながら、紀元節の歌のつづきを書いておけば、「……なびきふしけん大御代(おおみよ)を仰ぐ今日こそたのしけれ」という文句だ。もちろん国民学校で習って歌ったが、一年坊主には何のことかさっぱりわからなかった。しかし、メロディはいまでも覚えていて、ちゃんと歌える。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)




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