初の歌入り詩朗読(?)。新潮ブックジャーナル「季節の色鉛筆」はTEL03-3269-4700で。




2005N214句(前日までの二句を含む)

February 1422005

 虎造と寝るイヤホーン春の風邪

                           小沢昭一

語は「春の風邪」。寒かったかと思うと暖かくなったりで、早春には風邪を引きやすい。俳句で単に「風邪」といえば冬のそれを指し、暗い感じで詠まれることが多いが、対して「春の風邪」はそんなにきびしくなく、どこかゆったりとした風流味をもって詠まれるケースが大半だ。虚子に言わせれば「病にも色あらば黄や春の風邪」ということになる。が、もちろん油断は大敵だ。軽い風邪とはいっても集中力は衰えるから、難しい本を読んだりするのは鬱陶しい。作者はおそらくいつもより早めに床について、「イヤホーン」でラジオを聞きながらうとうとしているのだろう。こういうときにはラジオでも刺激的な番組は避けて、なるべく何も考えないでもすむような内容のものを選ぶに限る。「次郎長伝」か「国定忠治」か、もう何度も聞いて中味をよく知っている広沢虎造の浪曲などは、だから格好の番組なのだ。ストーリーを追う必要はなく、ただその名調子に身をゆだねていれば、そのうちに眠りに落ちていくのである。そのゆだねようを指して、「虎造と寝る」と詠んだわけだ。病いの身ではあるけれど、なんとなくゆったりとハッピーな時間が流れている感じがよく出ている。それにつけても、最近めっきり浪曲番組が減ってしまったのは残念だ。レギュラーでは、わずかにNHKラジオが木曜日の夜(9.30〜9.55)に放送している「浪曲十八番」くらいのものだろう。『新日本大歳時記・春』(2000・講談社)所載。(清水哲男)


February 1322005

 茗荷竹普請も今や音こまか

                           中村汀女

語は「茗荷竹(みょうがたけ)」で春。茗荷の茎が伸びはじめたばかりの若芽。地面から頭を出しはじめたころ、枯葉、枯れ草に埋もれながら育ちつつあるところを採取するので、花茗荷(ハナミョウガ)のように白い素肌に紫色や淡い緑色が差した姿をしている。この時期の刺身のツマなどでもおなじみだ。朝餉時、味噌汁か酢の物か、作者は早春の香りを楽しんでいる。今朝も近所からは、このところつづいている「普請(ふしん)」の「音」が聞こえてきた。道普請などの土木工事ではなくて、おそらく家を建てているのだろう。何日か前までは騒々しかったその音も、気がつくと「今や」だいぶ「こまか」になってきた。完成も間近で、最後の仕上げに入ってきたことが知れる。茗荷竹の早春の香りと新築家屋の仕上げの音。この目には見えない取り合わせに、作者は本格的な春の訪れを予感して明るい気持ちになっている。「音こまか」の発見に、うならされる。さすが汀女だ。以下脱線するが、茗荷といえば東京の文京区に「茗荷谷(みょうがだに)」という地名がある。調べてみたら、昔はやはり茗荷畑が多く見られたことからの命名のようだ。現在、その名は営団地下鉄丸ノ内線の駅名と茗荷坂(「切支丹坂」とも)の名に残っているのみで、往時の畑などはカケラも想像しようもないほどに変貌してしまっている。『女流俳句集成』(1999・立風書房)所載。(清水哲男)


February 1222005

 梅林の咲きて景色の低くなる

                           粟津松彩子

語は「梅(林)」で春。暖かい地方では、そろそろ見頃を迎えたころだろうか。作者の居住する京都だと、御所あたりの梅はちらほらと咲きはじめているにちがいない。言われてみれば、なるほど。咲いていないときは、「まだ咲かないか」と私たちは梅の木の上のほうにばかり視線をやるけれど、咲いてしまえば当然低い枝にも咲くわけだから、全体的に「景色」が低くなったように感じられる理屈だ。当たり前と言えば当たり前であるが、こうしたことを面白がって言える文芸は、他にはない。さすがに句歴七十余年のベテランらしい目の所産であり、いわゆる玄人好みのする一句だと思う。俳句に長年コミットしつづけていれば、このように上手にいくかどうかは別にして、だんだんに俳句的な目というものが身についてくる。俳句を知らなかったら想像だにしないであろう物の見方が、ほとんど自然に備わってくる。構造的には人それぞれに身についた職業的な物の見方と似ているが、多くの人にとって句作は職業ではないので、純粋に物の見方の高まりや広がりとして発露することができる。ただ危険なのは、こうして身についた俳句的物の見方を後生大事にしすぎるあまりに、複雑な現実の諸相を見失うことだろう。掲句のように、俳句でしか言えないことはある。が、俳句では言えないこともたくさんあるということを、私たちは忘れてはなるまい。『あめつち』(2002)所収。(清水哲男)




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