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April 0842005

 三味線や借あふ花の幕隣

                           柳 士

京の桜は満開。この週末は天気も良さそうだし、絶好の見頃になった。また今日は金曜日ということもあり、夜桜見物に繰り出す人も多いはずだ。明日の朝刊には、たぶん上野の山の人出の様子が写真付きで紹介されるだろう。掲句は元禄期の花見風景。「幕」とあるのは、いわゆる幔幕(まんまく)ではなく小袖を幕のように引き回し、その幕の内で花を楽しんだことによる。庶民というか長屋の連中には、とうてい真似のできない豪勢な遊びだ。「花に来て都は幕の盛かな」(宝井基角)。飲むほどに酔うほどに唄のひとつもうたいたくなってきて、見ず知らずの「幕隣」の人から「三味線」を借りて賑やかに過ごす。これも、花見ならではの楽しくも風情ある情景だ。想像するだけでも、心が浮いてくる。詠まれた場所はどこだろうか。残念ながら、句からはわからない。ただ一点、ここが上野の山でないことだけは明白だ。というのも、あそこは寛永寺のれっきとした寺内なので、花の名所ではあったけれど、鳴りもの類などは一切禁止されていたからだ。「大勢の人が出る割に静粛でありました。ですから上野の花見は上品な人が多く、つまり清遊という側に属していました」(岡本綺堂『風俗江戸物語』)。現今の上野からはかけ離れた印象だが、考えてみれば寺内での歌舞音曲などはとんでもないわけで、理屈としては理解できる。しかし、清遊的花見の楽しさとはどんなものだったのだろうか。私などには落語の「長屋の花見」には耐えられても、江戸期の上野の花見に耐える自信はない。綺堂によれば、騒ぎたい人はみな飛鳥山(現・東京都北区)までてくてくと出かけていったそうである。柴田宵曲『古句を観る』(1984・岩波文庫)所載。(清水哲男)




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