May 312005
いよよ年金冷し中華の辛子効く
奈良比佐子
季語は「冷し中華」で夏。「いよよ年金」ということになり、所定の手続きをすませに行った帰りだろう。ちょっと空腹を覚えたので、そこらへんの店に入って「冷し中華」を注文した。と、思いのほか辛子が効いていて、鼻がツーンと……。理不尽にも、強制的に泣かされたようなものである。そう思うと、なんとなく可笑しい。が、句の眼目はともかく、年金と冷し中華との取り合わせはよく似合うような気がする。というのも、年金受給資格を得るためには、保険料を払い込むこと以外には、あとはただ一定の年月が経過すればそれですむ。そこが停年退職とは決定的に違うから、受給資格を得て思うことは、すなわち歳をとったということくらいだ。したがって、停年退職の感慨もなければ、何かを成し遂げたという充実感もない。ただ、もう自分は若くはなく、いわゆる高齢者に分類されるのだと、そんな愉快ではない思いがチラチラするばかりなのである。受給する年金が高額ならまだしも、それも適わぬとなれば、自分で自分を祝う気などにはさらさらなれない。で、そこらへんの店で、そそくさと散文的に冷し中華を食べたということだ。こういうときに寿司という気分ではなし、かといって蕎麦や饂飩でも少し意味ありげだし、やはり無国籍料理たる冷し中華くらいが適当なのだ。その前に、まだ食欲があっただけ、作者はエラい。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)
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