テ奈々}句

July 1872005

 朝ぐもりはめても落ちる鍋のねじ

                           水津奈々枝

語は「朝ぐもり(朝曇)」で夏。季語として定着したのは近代以降と、比較的新しい。夏の朝、いっそ晴れていればまだ多少は清々しいものを、もわあっと曇っている。蒸し蒸しする。こういうときには、決まって日中は炎暑となるのだ。作者は、朝食の用意をしているのだろう。鍋の蓋のねじが甘くなっていたので、ぎゅっと締め直したはずが、ころんと外れて落ちてしまった。男だったら舌打ちの一つもするところだけれど、やれやれともう一度直しにかかる。「今日も暑くなりそうだ」。朝曇特有のけだるいような感じが、台所での些細な出来事を媒介にしてよく伝わってくる。「旱(ひでり)の朝曇」という言葉があるそうだが、日中の晴れと暑さを約束するのが朝曇りである。どうしてそうなるかといえば、「朝、夜の陸風と昼の海風が交代し、温度の低い海風が、前日、日照によって蒸発していた水蒸気をひやすため」(平井昭敏)だという。私の田舎では「朝曇は大日(おおひ)のもと」と言っていて、子供でも知っていた。なにせ夏期の農家のいちばん辛い仕事は、田畑の草取りだったから、目覚めて朝曇りだと、大人たちはさぞやがっかりしたにちがいない。「照りそめし楓の空の朝曇」(石田波郷)などと、風流な心情にはとてもなれなかったろう。そんな農業人の朝曇りの句がないかと探してみたが、見当たらなかった。「BE-DO 微動」(2005年5月・NHK文化センター大阪教室ふけとしこ俳句講座作品集1)所載。(清水哲男)




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