テ奔q句

August 0582005

 新聞のゲラ持ち走り夜の雷

                           津野陽子

語は「雷」で夏。作者は新聞記者。同じ日付の新聞でも,紙面は刻々と変化していく。できるだけ新しい情報を提供すべく、何度も版を重ねて発行している。急に記事を差し替える必要に迫られたのか,大きなニュースが飛び込んできたのか。とにかく、悠長に構えているわけにはいかない。さっとゲラに目を通して,輪転機の待つ印刷部門まで走っていく。と、折りからの雷だ。真っ暗な窓の外に,青白い雷光がぱっぱっと明滅しはじめた。雷とゲラとは何の関係もないのだけれど、作者の切迫した気分や職場の雰囲気が、この取り合わせによってよく伝わってくる。その昔『事件記者』というテレビ・ドラマがあって人気だったが、たしかオープニングには印刷中の輪転機が使われていたと記憶する。職業柄,そんな輪転機の様子は何度も見てきたけれど、あの機械にはどこかとても人を興奮させるようなところがある。アメリカの小説だったか映画だったかに、唸りをあげている輪転機の傍で,小説家が機関銃のようにタイプライターを打ちまくっている場面があった。小説家とはいっても、いわゆるパルプ・マガジン(大衆向きの低俗誌)のライターなのだが、これがまたなんとも格好がよろしい。一度でよいからあんなふうに、輪転機を横目に書いてみたいものだと憧れてきたけれど、ついに夢は夢のままに終わりそうである。「俳句」(2005年8月号)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます