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August 2482005

 帰省子の鞄に入れる針と糸

                           松田吉憲

針と糸
語は「帰省」で夏。最近、チャップリンの『ライムライト』を見る機会があった。クライマックス近く,舞台袖の大道具の陰で踊り子の成功をひざまずいて祈るシーンがある。通りかかった大道具係が見とがめると,「なにね、ボタンが落ちちゃったもんで」と誤摩化してやり過ごした。なんでもないようなシーンだが,私は「ああ」と思った。そうだった。糸が粗悪だったせいで、昔のボタンは実に簡単に落ちたものだった。だからこういうシーンも成立したわけで,現在ではこの言い訳にはかなり無理があるだろう。そんな具合だったから、私の学生時代に「針と糸」は必需品だった。男でも,ちょっとした糸かがりやボタンつけは誰でもできた。掲句は,そろそろ「帰省子」が大学に戻るための準備をはじめていて、忘れないようにと親が早めに「針と糸」を鞄にそっと入れてやっている図だ。この親心。句としてはいささか平凡だけれど、あの時代を正確に反映しているところに注目した。「針と糸」といえば、もう三十年も昔のことも思い出す。仕事でラスベガスのホテルに滞在したことがあって、部屋に入ったらベッドサイドのデスクの上に写真のサービス品が置いてあった。一瞬マッチかなと思って手に取ってみると,これがまあなんと「針と糸」だったのには驚いた。ホテルは当時,超一流と言われた「シーザース・パレス」である。私などは例外として,まず大金持ちしか泊まらない。だから、どうにも「針と糸」はそぐわないのだ。金持ちは細かい出費にシビアだというから、案外,部屋でボタンつけなどやっていたのかもしれないけれど……。記念に持ち帰ってきたのだが、いまだに謎は謎のままである。『新版・俳句歳時記』(2001・雄山閣出版)所載。(清水哲男)




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