午後から非体育的な余白句会(笑)。宿題は「胡桃」「月」「アイロン」「穴」と難題。




2005N1010句(前日までの二句を含む)

October 10102005

 うつうつと一個のれもん妊れり

                           三橋鷹女

語は「れもん(檸檬)」で秋。妊(みごも)ったときの心境には、妊ったことのない者には絶対にわからない複雑なものが入り交じっているだろう。周囲から祝福の言葉をかけられても、それは当人の気持ちのほんの一部に照応するのみなのであって、そう簡単に心身の整理がつくものではあるまい。だからこその「うつうつと」であり、幸福そうな明るい色彩の「一個のれもん」にすら、むしろ鬱陶しさを感じてしまう。とまあ、私は男だから、このあたりまでしか句への思いがいたらない。ただ、この「れもん」は「りんご」や「みかん」と置き換えることができそうでいて、しかし代替は不可能だということはよくわかる。「れもん」には、どことなく韻文的な神秘性が秘められている感じがあるからだ。「りんご」は散文的にわかってしまうが、「れもん」にはそうしたわかりやすさがないのである。それはたとえば梶井基次郎が『檸檬』で書いたように、だ。京都の丸善で、開いて積み上げた画集の上に、「うつうつと」した梶井が「檸檬」を時限爆弾のように仕掛けて立ち去る。この有名な場面も、檸檬でなくては話にならないだろう。ところで、この京都の丸善が本日をもって閉店するという。もっとも、梶井の短編に出てくる店は現在の河原町通りとは場所が違うけれど、とまれ明治五年(1872年)創業の老舗が消えてゆくのは、やはり時世というべきなのか。京都も、また少し寂しくなるな。『新日本大歳時記・秋』(1999・講談社)所載。(清水哲男)


October 09102005

 つゆ草の節ぶし強し変声期

                           泉原みつゑ

語は「つゆ草(露草)」で秋。とはいっても、もう花期は過ぎていると思う。近所に見かけないので、よくわからない。私の子供の頃の記憶では、まだ暑い盛りにまことに可憐な青みがかった花を咲かせたものだ。徳富蘆花は「花ではない、あれは色に出た露の精である」と書いた。そんなか弱げな露の精の茎の「節ぶし」が、実は強いということを、この句に出会うまでは知らなかった。コスモスがそうであるように、ちょっと手折るというわけにはいかないのだろう。花も見かけによらぬものだ。で、作者はそうした露草の特性を「変声期」の少年に重ねてみせている。見事な飛躍だ。中学校あたりを歩いていると、まだ稚ない顔をした少年たちが、おっさんのような声を発していて驚くことがある。そこで作者は、彼らの節ぶしの強さが、まずは外見に似合わぬ声に現われていると詠んだのだ。多くの露草の句が花に着目して、そのはかなさを押し出しているなかで、花と茎全体をとらまえているところがユニークであり、句も成功している。変声期かあ……。むろん私にもあったのだけれど、さほど意識した覚えはない。必然的な生理現象だから、身体がびっくりしなかったせいだろうか。子供のときの声はいささか甲高かったので、変声期があったおかげで助かったとは思っている。『現代俳句歳時記・秋』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)


October 08102005

 通帳にらんで女動かぬ道の端

                           きむらけんじ

季句。この「女」のひとにはまことに失礼ながら、思わず吹き出しそうになってしまった。たったいましがた、銀行で記入してきたばかりの「通帳」なのだろう。記入したときにちらりと目を走らせた数字があまりに気になって、家まで見ないでおくことに我慢ができず、ついに「道の端」で開いてしまった。むろん、残高は予想外の少なさである。どうして、こんなに少ないのか。何度も明細を確かめるべく、彼女は身じろぎもしない。不動のまま「にらんで」いる。世の中には、本人が真剣であればあるほど、他者には可笑しく思われることがある。これも、その一つだ。道端で通帳をにらむという、そうザラにはない図を見逃さなかった作者のセンスが良く生きている。掲句はたまたま五七五の定型に近いが、作者は自由律俳句の人だ。第一回「尾崎放哉賞」受賞。「煙突は立つほかなくて台風が来ている」「職の無い日をスタスタ歩く」「妻よ南瓜はこの世に必要なのか」など。いずれも、ユーモアとペーソスの味が効いている。ところで「自由律俳句」についてだが、放哉や山頭火などの流れのなかの句は、たしかに伝統的な定型句とは異なる「律」で詠まれてはいる。けれども、こうした自由律にはまたそこに確固とした独自の定型的な「律」があるのであって、これを「自由な律」と称するのは如何なものかと思う。何か他に、適当な呼称を発明する必要がありそうだ。『鳩を蹴る』(2005)所収。(清水哲男)




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