郵政民営化法成立。そこで素朴な疑問。いまの郵便局に、四つの会社が同居するのかな。




2005ソスN10ソスソス15ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

October 15102005

 底紅や人類老いて傘の下

                           高山れおな

語は「底紅(そこべに)」で秋。「木槿(むくげ)」のこと。なるほど、木槿の花は中央の「底」の部分が「紅」色をしている。句の前書きによれば、若くして世を去った俳人・摂津幸彦七回忌法要の折りの作句だ。「蕭々たる冷雨、満目の木槿」だったという。それでなくとも心の沈む法要の日に、冷たい雨が降りつづき、しかも折りからたくさんの底紅が咲いていた。『和漢三才図絵』に「すべて木槿花は朝開きて、日中もまた萎(しぼ)まず、暮に及んで凋(しぼ)み落ち、翌日は再び開かず。まことにこれ槿花一日の栄なり」とあるように、昔から底紅(木槿)ははかないものの例えとされてきた。冷雨に底紅。参列した人たちはみな「傘」をさしていたわけだが、作者は自分も含めて、そこにいた人たちを「人類」とまとめている。すなわち人間の命のはかなさの前では、人それぞれの性や顔かたちの違いや個性や思想のそれなどにはほとんど意味が無く、生きて集まってきた人たちは「人類」と一括りに感じられると言うのである。その「人類」が故人の生きた日よりもさらに「老いて」「傘の下」に、いまこうして黙々と立っているのだ。虚無というのではなく、それを突き抜けてくるような自然の摂理に従わざるを得ない人間存在を実感させられる句だ。思わずも、襟を掻き合わせたくなってくる。『荒東雜詩』(2005)所収。(清水哲男)


October 14102005

 赤い羽根つけ勤め人風情かな

                           清水基吉

語は「赤い羽根」で秋。最近は、つけている人を街であまり見かけなくなった。見かけるのは、ほとんどがテレビに出てくるアナウンサーだとか国会議員だとか、いわば特殊な職業の人ばかりだ。この赤い羽根は、昭和二十二年に「少年の町」のフラナガン神父のすすめで、佐賀と福岡ではじまった民間の社会福祉活動である。以後、赤い羽根という斬新なアイデアの魅力も手伝って、たちまち全国展開されるようになった。ひところは季節の風物詩と言っても過言ではないくらいに普及し、街頭募金も大いに盛り上がったものである。掲句は、そのころの作句だろう。みんなと同じように募金して羽根をつけてはみたものの、考えてみれば自分はしがないサラリーマンでしかない。そんな「勤め人風情」が事もあろうに人助けとは、なんだかおこがましいような気がする。いいのかな、こんなことをして……。と、自嘲の心が消せないのである。私も若いころから、民間の福祉活動については(その善意を否定するのではないが)、疑問を持ってきた。本来は国家の福祉制度が充実していればすむ部分をも、民間に任せてネグレクトしているのが許せないからだ。したがって、国会議員が赤い羽根をつけるなどは笑止の沙汰で、自分たちの福祉政策の脆弱さ加減をみずから認めているようなものなのである。彼らにはおよそデリカシーというものが無いらしく、その欠如がいまやこれまで積み上げてきたささやかな公的福祉すらをも切り捨てにかかってきた。それこそ福祉の民営化だ。「勤め人風情」が羽根をつけなくなったのも、当然だろう。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)


October 13102005

 冴えざえとルイ・アラゴンのことなどを

                           小川和彦

の季語に「冴ゆ」があって、寒さの極まった感じを言う。掲句の「冴えざえ」を季語と見て便宜的に「冴ゆ」に分類はしておくが、この場合の「冴えざえ」は体感というよりも心の鮮やかな状態を表している。となれば、むしろ晩秋くらいの季節感と解釈するほうがよいのかもしれない。それにしても、ルイ・アラゴンとは懐かしい名前だ。第二次大戦のナチスによる被占領下フランスで、伝統的な詩型を駆使してレジスタンス作品を書いた。左翼文学の雄として世界的に名が知られ、私が学生の頃には日本でも人気の高かった詩人である。作者がどういうきっかけで「アラゴンのことなどを」冴えざえと思い出したのかはわからないが、現今のキナ臭い世界情勢のなかで、ふっとかつての左翼詩人に思いがゆくことは不自然ではないだろう。アラゴンの優れた詩は、声高に抵抗を叫ぶのではなく、むしろみずからの傷心に身を沈めつつ、そこから世の中の理不尽を静かに告発するというものであった。短い詩「C(セー)」を安藤元雄の訳で紹介しておく。「C」は、「セーの橋」という町の名前から来ている。戦略上の要衝にあるため、古くからたびたび戦場となった町だ。とくにドイツ占領軍撤退の際の激戦地として知られる。「僕は渡った セーの橋を/すべてはそこに始まった//過ぎた昔の歌にある/傷ついた騎士のこと//夏に咲いた薔薇のこと/紐のほどけたコルサージュのこと//気のふれた公爵の城のこと/お堀に群れる白鳥のこと//永遠に待つ花嫁が/踊りにくるという野原のこと」。句は俳誌「梟」(2005年10月号)所載。(清水哲男)




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