December 122005
ここに居るはずもないのに冬の夜
臼井昭子
季語は「冬の夜」。寒い夜の微妙な心理状態を詠んだ句だが、誰にも思い当たる体験は何度かあるだろう。たとえば忘年会のような、何かの会合の流れだろうか。皆と別れるタイミングを失っているうちに、気がつけば「居るはずもない」ところに自分がいる。家を出てくるときには、考えもしなかったような遠い場所だったり、あるいは誰かの住まいだったりと……。流行の言葉を使えば、いま作者の「居る」ところは「想定外」の場所なのである。しかも、夜はだんだん更けてきて、寒気も強まってきたようだ。この暗くて寒い夜道を、これから一人で帰るのかと思うと、心細さと不安とが入り混じってきて、とてももう陽気にふるまってはいられない気分だ。ああ、あのときにさっさと先に帰っておけばよかったのになどと、じわり後悔の念もわいてくる。これが「冬の夜」でなければ、だいぶ気分は違うはずだ。「春の夜」ならむしろ楽しいかもしれず、夏ならば家に帰っても寝苦しいだけと割り切れそうだし,秋だといささかの感傷に浸る余裕くらいはあるだろう。しかし、冬の夜にはそうはいかない。寒い夜道を肩をすぼめて戻るよりも、暖かい部屋にいてテレビでも見ていたほうが快適に決まっている。失敗したなあと思いつつも、一方では作者はなおその場を去り難く思ってもいるようだ。ここがまた、冬の夜のもたらす雰囲気の不可思議な一面である。俳誌「面」(第104号・2005年12月)所載。(清水哲男)
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