February 092006
雪解くる雨だれ落ちつ雪降れる
小西鷹王
季語は「雪解(ゆきげ・ゆきどけ)」で春。春先にしばしば見かける情景だが、このようにきちんと詠んだ句は珍しい。屋根に積った雪が解けて「雨だれ」となって滴り落ちている上に、また春の雪がちらちらと降ってきているのだ。「雪解」「雨だれ」そして「雪」と道具立てがややこしいので、短い俳句ではなかなか読み難いところを、苦もなく詠んでいるように写る。こうした技術をコロンブスの卵と言うのだろうが、私は大いに感心させられた。技術だけではなく、全体に春近しの情感がよく滲み出ていて、内容的にも十分である。このような日に、私はときどき窓を開けて外の様子を眺める。雨だれに淡く白い雪が降りかかり、降りかかってはすぐに解けてしまう。そんな情景を眺めながら、寒い冬が嫌いなわりには、どこかで冬に惜別の情を感じるような気がするのだから、勝手と言えば勝手なものだ。しかし、掲句で降っている雪は、「雪降れる」の語調からして、もう少し雪らしい雪のようにも思える。となれば、また冬への逆戻りか。いや、もうここまで来ればそんなことはないだろう。などと、作者の内面には冬を惜しむ気持ちはさしてなく、やはり春待つ心に満ちていると言えそうだ。なお、この句が収められている『小西鷹王句集』(2006)は、生前に一冊の句集も持たなかった作者のために、ご子息である小西真佐夫・昭夫氏が三回忌を前にまとめられたものである。(清水哲男)
March 112010
ライオンの柵の中なる花辛夷
小西鷹王
生まれ育った家が王子動物園の近くだったせいもあって動物園が好きだ。まだ車や街の騒音の少なかった夕暮れどきには風にのってあしかの声が聞こえてきた。あの頃見たライオンは狭い檻の中で窮屈そうだったけど、多摩動物園のライオンなどはかなり広い敷地に群れをなして飼われている。山のような起伏をもった場所に数頭飼育している動物園もある。掲句は「とべ動物園五句」と題された中の一句。生まれた時から飼育員に育てられた白クマのピースがいる動物園だ。囲われたライオンの柵の中にある樹木にも四季はめぐる。春が来て今までは何の木かわからなかったひょろひょろした枝に真白な辛夷がほころぶ。たまたまこの時期にライオンを見にきたひとは、しばし可憐な花にも見とれることだろう。日本特産の花を咲かせている庭の主人がアフリカから連れてこられたライオンなのだからその取り合わせにかすかなあわれも感じられる。今まではライオンにとって寒く厳しい毎日だったけど、これからは日に日に暖かくなる。明るい日差しにごろっと寝転んでサバンナの夢を楽しんでほしい。『小西鷹王句集』(2006)所収。(三宅やよい)
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