胸が痛い。ハートではなく、物理的な痛みだ。胸を寝違えるなんてことがあるのだろうか。




2006ソスN4ソスソス13ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

April 1342006

 吹かれつつ柳は発と極を吐き

                           志賀 康

語は「柳」で春。「発」は「ほつ」と読ませている。この人の句には意表をつかれることが多いが、この句もその一つだ。柳の意外な表情を見せられた思いがする。「柳」と「風」といえば、常識では「柳に風と受け流し」のように、柳は風に逆らわないことになっている。風の吹くままに枝や葉をなびかせて、抗わないことで身の安全を守るというわけだ。だが掲句では、そんな柳があまりの強風にこらえかねたのか、ついに「発と極を」吐いたというのである。いや、強風とは書いてない。適度な春風かもしれないのだが、いずれにしても柳が吐くという発想は尋常ではないし、それこそ「発」とさせられる。そして、このときに「極」とは何だろうか。よくは掴めないけれど、おそらくは柳という生命体にある芯のようなものではあるまいか。外側から眺めただけではわからない柳の持ついちばん固い部分、人間で言えば性根のようなもの、それを吐いたというのだから、この柳はよほど環境に適応できなかったか、あるいは嫌気がさしていたのか。となれば、この状況は作者の心情を柳に託したとも読めてくる。これ以上の深読みはやめておくが、わかりにくいこの句を読んでよくわかることは、作者がいかに世の常識による物の見方を嫌っているかだ。いわゆる反骨精神の上に築かれたインスピレーションだなあと、私はひとり納得したことであった。俳誌「LOTUS」(第五号・2006年4月)所載。(清水哲男)


April 1242006

 とろけるまで鶏煮つつ八重ざくらかな

                           草間時彦

語は「八重ざくら(八重桜)」で春。サトザクラの八重咲き品種の総称。桜のうちでは咲くのが最も遅く、満開になると枝が見えないほど重く垂れ下がって咲く。この句は、櫂未知子『食の一句』(2005・ふらんす堂)で知った。一年間、毎日「食」にちなんだ句を紹介解説した本で、なかなかに楽しい。「こういう句を読むと、毎日ばたばたして暮らしている自分の情けなさを痛感する」と書いてあって、同感だ。ゆっくりと時間をかけて「鶏(とり)」を煮込む。誰にでもできそうだが、そういうわけにはいかない。料理ばかりではなく、諸事に時間をかけるには日ごろの生活ペースによるのもさることながら、その上に一種の才能が必要だと、私などには思われる。「のろのろ」に才能は不要だが、「ゆっくり」「ゆったり」には、持って生まれた資質が相当に影響するようだ。同じことをほとんど同じ時間でこなしたとしても、「せかせか」と見える人もいれば、逆の人もいる。時間の使い方が上手く見える人は、たいていが後者のタイプである。それはともかく、とろとろとろとろと鶏肉を煮ていると、とろとろとろとろと甘い匂いが漂ってきて、窓外の「八重ざくら」もまたとろとろとろとろと作者を春の底に誘うがごとくである。少年時代に囲炉裏の火で、とろとろとろとろとジャガイモと鯨肉を煮ていたことを思い出した。物事にゆったりする才能はなかったけれど、ヒマだけはあったからである。(清水哲男)


April 1142006

 沖かけてものものしきぞかじめ舟

                           石塚友二

語は「かじめ(搗布)」で春。海藻の一種だが、ご存知だろうか。辞書ふうに説明すると「暖地の近海に産する大型の藻類で、直径1.5センチ〜3センチぐらいの円柱茎の上端に、細長い葉が群がっている」となる。よく似ているが「荒布(あらめ)」とは別種だ。山口県の田舎に暮らした子供のころ、海から遠い山村というのに、どういうわけか大量の干した搗布をよく見かけた。何度も触った記憶もある。昆布よりも黒みの薄い褐色で、お世辞にも見かけはよろしくない。食べられるそうだが、食べた記憶はないので、鶏や家畜の餌にでもしていたのだろうか。思い出そうとするのだが、どうしても思い出せない。そんな程度の記憶しかないのだから、もとより句のような情景は見たことがないのだけれど、作者が「ものものしきぞ」と詠んだ気持ちはわかるような気がする。素人目には、そんなに「ものものしい」感じで採りにいくものでもあるまいにと、搗布を知っている人ならそう思うのが普通だろうからだ。でも一方で作者はこの情景に接して、搗布の価値を見直してもいる。「ほお」と、心のどこかで身を乗り出している。こういうことは誰の心にもたまに起きることで、そのあたりの機微を巧く詠んだ句ということになるのだろう。それにしても、我が故郷での搗布は何に使われていたのか。思い出せないとなると、余計に気になる。『合本・俳句歳時記』(1974・角川文庫)所載。(清水哲男)




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