April 152006
魚島や雨ふりさうな葉のゆらぎ
対中いずみ
季語は「魚島(うおじま)」で春。山の子ゆえ海のことにはうとく、この季語にもまったく馴染みがない。手元の角川版歳時記から、定義を引き写しておく。「四〜五月になると鯛や鰆などが瀬戸内海に入り込み、海面にあたかも島のようになってひしめきあう。この時期を『魚島時』といい『魚島』はそれを略した形で、豊漁をさすこともある。瀬戸内海地方の方言。燧灘に浮かぶ魚島は鯛漁で有名で、ここの港が語源ともいわれる」。また他の歳時記によれば、兵庫、岡山など瀬戸内海に面した地方では、この時期に鯛の市が立つそうで、これもまた「魚島」と言うとある。総合して考えると、要するに「魚島」とは、瀬戸内海の海の幸の豊饒期をさす季語ということになる。掲句からだけでは、作者が実際に魚島を見ているのかどうかはわからないが、しかし、豊穰感はよく伝えられていると思った。それはむろん「雨ふりさうな」曇天と心理的に関係していて、抜けるような青空の下では得られない種類の思いが込められている。すなわち何も魚の群れとは限らないのだけれど、ものみな晴天下では躍動感こそあれ、それはそのまま心理的に中空に抜けてしまうのに対して、曇天下では逆に内面に貯め込まれるようなところがある。いまにも降り出しそうな気配を周辺の「葉のゆらぎ」に感じて、作者は「魚島時」独特の充実感、豊穰感が盛り上がってくるのを、全身で感応しているのであろう。曇天もまた、春の醍醐味なのである。『冬菫』(2006)所収。(清水哲男)
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