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June 2562006

 素麺を 食ぶる役者の 顔憤怒

                           石川鐵男

語は「素麺(そうめん)」で夏。一読、噴き出してしまった。いや、笑ったりしたら、句の「役者」さんには大いに失礼ですよ。でも、句が笑わせてくれるように作られているのだから仕方がない。作者は、ビジネス・ソフト「勘定奉行」などのTV-CMを手がけてきた人である。さきごろ「百鳥叢書」の一冊として出版された『ぼくの細ぃ道』(副題には「俳句日記」とあり、表紙の惹句には「カミさんに逃げられた男の台所」とある)に載っていた句だ。だから、これは作者の仕事の流れのなかでの実景だろう。何があったのかは知らないが、とにかく役者は怒っているのである。しかし、いまは食事時なのである。出された素麺に、烈火のごとき表情のまま、すぐに手を出して食べはじめた。というのが物の順序であるはずだが、作者はこの順序をひっくり返して逆に詠んでいる。まずは素麺を食べている役者を少し距離をおいて詠み、その顔をさながらカメラで急にアップしたかのように見てみたら、そこにあったのは「憤怒」の形相であった。つまり、この句は最初に役者が怒っていることを隠しているから面白いのだ。さすがはCM作りのベテランらしい発想である。それにしても、憤怒の感情を抱きながらも、なお食うべきときにはとりあえず食っておくというのは、プロの役者の根性ヤクジョでもあり、どこか哀しい職業的な習性でもある。私も二十年ばかりラジオ界にいたので、こうした役者の振る舞いはよくわかる。役者やタレントは、結局のところ身体が資本だ。彼らはそのことをよく知っているので、出された食事は、どんな精神状態であろうとも、また美味かろうがまずかろうがおかまい無しに、見事に食べてしまう。不愉快な気分だから何となく食べないなどと言う人間は、まだまだこの世界では素人なのだ。そして放送局や舞台の楽屋などで、日常的に彼らが何を食べているのか。それを知ったら、たいていのファンはきっと幻滅するにちがいない。(清水哲男)


October 10102014

 数ふ雁小さくちさくなりにけり

                           石川鐵男

と見上げた空を雁が渡っている。先頭に一羽が居て延々と続いている。中ほどが頭上にくるとざわざわざわざわと雄大な騒音となる。どの位の数だろうか、百羽で一固まり位の単位をいくつ数えても切がない。何と言う数の多さだろう。列の後尾を見送ると次第に点のように小さくなって悠久の空の染みとなり透明になりやがて消えゆく。雁の一族全体を一望の下に収め、ふと気を取り戻せばここにも雁と人間の一期一会の出会いと別れがあった。別れの無い出会いは無い。他に<弁慶が眼鏡で立ちし村芝居><風鈴や背にひんやりと聴診器><あだ名フグ師の名浮かばず桃の花>等々ペーソスに満ちた句がならぶ。『僕の細い道』(2006)所収。(藤嶋 務)




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