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September 2392006

 曼珠沙華はがねの力もてひらく

                           北 さとり

分の日、秋彼岸の中日である。お彼岸だから彼岸花、というのも安直な発想だが、曼珠沙華の句を探す。やはり、ほとんどの句は燃えているか、妖しく群れ咲いていることが念頭にあるか。マンジュシャゲは、赤い花、を表す梵語であるというが、やはりこの朱色が最も強い印象であり、圧倒的に群れ咲いているどこか不気味な記憶は、誰もが持っていることだろう。この句に目がとまったのは、はがねの力、の中七である。鋼(はがね)を広辞苑で調べると、鋼鉄の意の次に「強剛な素質」とある。確かに、開いたその花は花弁が大きく弧を描いて反り返り、長い蕊は一本一本が思い切り外へ伸びつつ、空へ向かって湾曲している。ふれれば、それはみずみずしい生きた花の感触に違いないのだが、ねじれつつほっそりと伸びた蕾の、一つ一つが開いていくさまを想像すると、そこには自然の持つ強い力に押し広げられていくという、どこか硬質で強固なものが感じられる。群れ咲く中の一本の曼珠沙華の花と向き合って、単なるイメージに囚われることなく、それを見つめながら「はがねの力」と詠んだ作者もまた、厳しく強い意志の持ち主であるのかもしれない。『花の大歳時記』(1990・角川書店)所載。(今井肖子)




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