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November 19112006

 永遠の待合室や冬の雨

                           高野ムツオ

を待つ「待合室」かによって、この句の解釈は大きく変わります。すぐに思い浮かぶのは駅です。しかし、「永遠」という語の持つ重い響きから考えて、これはどうも駅の待合室ではないようです。もっと命に近い場所、あるいは、命を「永遠」のほうへ置くための場所、つまり斎場のことを言っているのではないかと思われます。この句はわたしに、過去のある日を思い出させます。どのような理由によってであれ、大切な人を突然失うことの意味を、わたしたちは俄かに理解することはできません。理解する暇もなく、次から次へ手続きは進み、気がつけば「待合室」という名の部屋に入らされ、めったに会うことのない親戚の中で、飲みたくもないお茶を飲んでいるのです。ひたすらに悲しみが押し寄せてくる一方で、よそ事のような感覚も、時折入り込んできます。切羽詰った悲しみと、冷えた無感情が、ない交ぜになって揺れ動いています。扉は開き、名が呼ばれ、事が終わったことが知らされ、靴を履き、向かうべき場所へ向かう途中で、明るすぎるほどの廊下へ案内されます。高い天井の下、呆然としてガラス張りの壁の向こうを見つめていました。その日も外にはしきりに、冷たい雨が降っていたと記憶しています。『生と死の歳時記』(法研・1999)所載。(松下育男)


January 1212007

 奥歯あり喉あり冬の陸奥の闇

                           高野ムツオ

安時代に征夷大将軍坂上田村麻呂に攻められた東国の夷(えびす)の首領悪路王は、岩手県の平泉から厳美渓に通じる途上にある達谷窟(たっこくのいわや)に籠って最後まで屈せずに戦い遂に討たれる。悪路王などというおどろおどろしい名を付けたのも錦の御旗を掲げた側。本当は、気は優しくて力持ちの美男子だったかも知れぬ。ドラマの中のキムタクやブラピのように。皇軍の名のもとにマイノリティを「征伐」していった歴史の暗部が陸奥(みちのく)には充満しているのだ。夷やアイヌやインディアンや、その他多くの被征服者の苦しみや哀しみを、「大東亜戦争」に敗れた僕等日本人はようやく痛切に感じることができるようになったのではないか。それまでは世界の「征夷大将軍」たらんとしていたのに。権力の合法的暴力や大国の偽善的エゴは今も世界に満ち満ちている。世界中の「みちのく」の冬の闇の中で、顔を失った口の中の奥歯が呪詛を呟き、頭を吹き飛ばされた喉が今日も叫んでいる。「別冊俳句・現代秀句選集」(1998・角川書店)所載。(今井 聖)


March 1232009

 青空の暗きところが雲雀の血

                           高野ムツオ

野公彦の短歌に「ふかぶかとあげひばり容れ淡青(たんじやう)の空は暗きまで光の器」という一首がある。「雲雀」「青空」「暗い」というキーワードとまばゆいばかりの明るさと暗さが交錯する構成は共通しているが、表現されている世界は違う。高野公彦の短歌は一羽の雲雀から空全体へ視界が広がってゆくのに対しムツオの俳句は空から雲雀の血へと焦点が絞り込まれてゆく。公彦の世界では暗いのは光の器になるまで輝いている青空全体であり、淡青の空の裏側に暗黒の宇宙を透視している。それに対して掲句の場合暗いのは「雲雀の血」であり、空に舞う雲雀が一点の染みとして捉えられている。地上の巣を見守るため空に揚がり続ける雲雀の習性に宿命を感じているのだろうか。青空の雲雀は俳句ではのどかな情景として描かれることが多いが、この句ではそうした雲雀を見る眼差しが自分を見つめる内省的な目と重なってゆくようである。『現代俳句一〇〇人二〇句』(2001)所載。(三宅やよい)


August 2782010

 ヴァギナの中の龍旱星

                           高野ムツオ

にはドラゴンとルビがふってある。肉体の器官の呼称でヴァギナの中に龍またはドラゴンの名が入る場所、またはそれと喩えられる箇所があるかどうかの知識が僕にないので、おそらくこれは作者の想念であろうと判断する。女体は人間を生み出す源として原初の時代から崇められてきた。作者の思念は、自らの立つ場所つまり大地と、自らを産んだ女体やヴァギナを表現の原点として意思的に捉えている。同じ句集にある「月光に稲穂は一穂ずつ女体」「祖母の陰百年経てば百日紅」(陰はほと、すなわち女陰)なども同様の思念の上にある。膣の中の深遠なる闇の中に一匹の龍が棲んでいる。すなわち命の発生をつかさどる神のごときである。旱星はみちのくの荒涼たる風土を象徴している。すなわちこれも神のごとし。身体の内側と外側に神が棲んでいて両者と交流しながら「私」が存在する。新興俳句の「モダン」が現代詩の「モダン」への憧憬から出発し、日本の現代詩の「モダン」が西洋詩の西洋的な風情に根を置いたところから出発したことを思えば、佐藤鬼房さんを経て作者につながる「モダン」がそういう「反省」の上に立って日本的土着のアニミズムと同化しようとしたことは俳句にとって的確な選択であったように僕には思える。『雲雀の血』(1996)所収。(今井 聖)


January 1412014

 東京は寒し青空なればなお

                           高野ムツオ

京という文字には、都会・混雑・高層ビル群など、全てのイメージが詰め込まれている。宮城在住の作者の感じる東京の寒さとは、気温だけではなく、人間性や景色も含まれるものだ。高層ビルの隙間に見える空の切れ端が抜けるように青ければ青いほど、その無機質の物体との取り合わせが不気味に寒々しく感じさせるのだろう。そういえば、実家の母もひとりで東京には出てこない。やはり「寒いから」が理由で、それは静岡という温暖な場所に住んでいるせいだと取り合わなかったが、もしかしたら母もまた、気温とは別の寒さを訴えていたのかもしれないと、鈍な娘は今さらながら思い至ったのだ。〈瓦礫みな人間のもの犬ふぐり〉〈みちのくの今年の桜すべて供花〉『萬の翅』(2013)所収。(土肥あき子)


June 1962015

 海鵜憂し光まみれであるがゆえ

                           高野ムツオ

は全身光沢のある黒色で、嘴の先がかぎ状になっている。潜水が上手で魚を捕食し水から上がると翼を広げて乾かす習性がある。主に川鵜と海鵜が知られる。川鵜は東京上野の不忍池でよく見られる。海鵜の方は長良川の鵜飼いで有名である。掲句の海鵜はきらきらと光が眩しい岩礁に体を曝して羽を休めているのであろう。波の飛沫の光りの中に黒い体を沈めている。黒い体は黒い闇に抱かれた時心休まる。そんな我身が今白日の下に晒されて、光まみれとなり、ふいと憂鬱に襲われている。他に<わが恋は永久に中古や昼の虫><死際にとっておきたき春の雨><大志なら芋煮を囲み語るべし>など。『満の翅』(2013)所収。(藤嶋 務)




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