November 202006
買ひました三割引の冬帽子
名護靖弘
作者は1936年(昭和十一年)生まれだから、だいたい私と同世代だ。いまどきの若い人なら、こういう句は作らないだろう。いや、そもそも割引で何かを買うことへの逡巡、照れや恥ずかしさの感覚は皆無のはずだから、揚句の味がわかるかどうか。私くらいの世代までは、割引品といえば粗悪品のイメージと結びついている。どこかに傷や欠陥があるか、あるいは流行遅れかなど、なべて割引品は警戒の対象であり続けてきたからだ。そんな金銭感覚の持ち主が、こともあろうに目立つ帽子を割引で買ってしまったのである。細かく調べてみても、どこといって破れやほころびもないし、時代遅れのデザインでもない。だけれども、ひっかかるのだ。こうやって被っていても、自分が気がつかないだけで、もしかすると他人の目には欠陥が丸見えになっているのかもしれない。そう思うと、不安で仕方がなくなり、誰に聞かれたわけでもないのに、どうせ「三割引」の安物ですからと言い訳をしている。言い訳しつつ、公言しつつ、居直っているところがユーモラスでもある。軽い句ではあるが、世代特有の金銭感覚がよく表現されていて、微笑しつつもちょっと身につまされる句に読めた。借金を恥辱と心得たもっと上の世代のなかには、いまだにローンになじめず、即金で物を買う人も多い。そこに詐欺師がつけこんで、バッと売りつけてパッと逃げてしまう事例には事欠かない。金の使いようも、世に連れるのである。なお、作者の名字は「みょうご」と読む。『晩節』(2006)所収。(清水哲男)
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