蟯。蟠取ク荳驛弱ョ句

January 2112007

 木枯や煙突に枝はなかりけり

                           岡崎清一郎

人、岡崎清一郎の句です。季語は木枯らし、冬です。語源は、「木を枯らす」からきているとも言われています。「この風が吹くと、枝の木の葉は残らず飛び散り、散り敷いた落ち葉もところ定めずさまよう」と、手元の歳時記には解説があります。垂直に立つ煙突を、木枯らしは横様に吹きすぎます。煙突を、枝のない木と発想するところから、この句は生まれました。その発想自体は、それほどめずらしいものではありません。しかし、木という言葉と、煙突という言葉の間に、「木枯らし」を吹かせたことで、空を支える三者につながりができ、その言葉の組み合わせが、物語をつむぎだす結果になりました。まるで、煙突にはもともと枝葉があって、木枯らしに吹かれたために、今のような姿になったかのようです。冬空に高くそびえ、寒さに耐える煙突の姿は、たしかにいたいたしくもあります。それはそのまま、コートのポケットに手を入れて冷たい風の中にたたずむ老いた人のようでもあります。かつて、友人や家族という枝葉に囲まれて、遮二無二生きてきた日々を、その人は路上に立って思い返している。と、そこまで読み取る必要はないのかもしれません。しかし、この句を読めば、だれしもの頭の中に、しんとした物語が始まってしまうはずです。『詩のある俳句』(1992・飯塚書店)所載。(松下育男)


December 05122007

 木枯や煙突に枝はなかりけり

                           岡崎清一郎

京では今年十一月中旬に木枯一号が記録された。暑い夏が長かったわりには、寒気は早々にやってきた。さて、煙突に枝がないのはあたりまえ――と言ってしまうのは、子供でも知っている理屈である。この句には大人ならではの発見がある。さすがに清一郎、木枯のなかで高々と突っ立っている煙突を、ハッとするような驚きをもって新たに発見している。そこに「詩」が生まれた。木枯吹きつのるなかにのそっと突っ立っている煙突、その無防備な存在感に今さらのように気づかされている。文字通り手も足も出ない。木枯の厳しさを、無防備な煙突がいっそう際立たせているではないか。突っ立っている煙突に、人間の姿そのものを重ねて見ているのかもしれない。木枯を詠んだ句がたくさんあるなかで、清一郎のこの句は私には忘れがたい。昭和十一年に創刊された詩人たち(城左門、安藤一郎、岩佐東一郎、他)による俳句誌「風流陣」に発表された。「清一郎の夫人行くなり秋桜」という洒落た句も清一郎自身が詠んでいる。ユーモアと奇想狂想の入りまじったパワフルな詩を書いた、足利市在住の忘れがたい異色詩人であった。小生が雑誌編集者時代に詩を依頼すると、返信ハガキにとても大きな字で「〆切までに送りましょうよ」と書き、いつも100行以上の長詩をきちんと送ってくださった。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


April 2042016

 春雨のちさき輪をかく行潦(にはたづみ)

                           岡崎清一郎

清一郎の夫人行くなり秋桜」「木枯や煙突に枝はなかりけり」といった、人を食ったようで大胆不敵な俳句を詠んだ清一郎にしては、掲出句はおとなしい句であると言える。彼が本来書く詩は破格の大胆さを特徴として、読者を大いに驚嘆させた。その詩人にしては、むしろまともな句ではないだろうか。静かに降る春雨が庭の地面にいくつもつくる輪は小さい。それをしっかり観察している詩人の細やかな視線が感じられる。詩集『新世界交響楽』のような、ケタはずれにスケールの大きな詩を書くことが多かった詩人の、別の一面をここに見る思いがする。「行潦」は古くは「庭只海」と表記したという。なるほど庭にポツポツと生じた小さな海そのものである。「たづ」は夕立の「たち」であり、「み」は「水」の意。清一郎の「雨」という詩の冒頭は「もう色も本も伝統もいらない。/ぼくは赤絵の茶碗を投げ出し/春雨の日をぐツすり寝込んでしまツた。」と書き出されている。詩は平仮名で書かれていても、促音は片仮名「ツ」と書くのがクセだった。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます