一月もお終いですね。雑誌の仕事は既に四月号(三月末発売)にかかっています。(哲




2007ソスN1ソスソス31ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

January 3112007

 己がじし喉ぼとけ見せ寒の水

                           安東次男

月五日から節分までの30日間くらいを「寒の内」と呼ぶ。一年間で最も寒さが厳しい季節である。したがって「寒の水」はしびれるほどに冷たく、どこまでも透徹している水。この句がどういう状況で詠まれたかは定かでないが、男たちが数人だろうか、顎をあげ、殊更に喉ぼとけを見せるようにして澄みきった冷たい水を、乾いた喉にゴクゴクと流しこんでいる。喉ぼとけは、たまたまそこに見えていたのだろうが、作者があえて「見せ」と捉えたところにポイントがある。水を飲む音も聴こえてくるようであり、あたかも己を主張するかのように、おのおのの飲み方をしているふうにも見える。とがった「喉ぼとけ」と透徹した「寒の水」の取り合わせは凛然としていて、寸分の弛みもない。いかにも背筋がピンと張った安東次男の句姿である。実際、ご自身も凛としていながら、やさしさのにじむ人柄だった。平井照敏編『新歳時記・冬』には「寒中の水は水質がよいとして、酒を作り、布をさらし、寒餅を作り、化粧水を作る」とある。水道水はともかく、寒中に掬って飲む井戸水のおいしさは格別である。安東次男の句集は、名句「蜩といふ名の裏山をいつも持つ」を収めた『裏山』の他『昨』『花筧』『花筧後』などがある。労作『芭蕉七部集評釈』について、「全部、食卓の上でやった仕事だよ」といつか平然と述懐しておられた。喉ぼとけの句というと、どうしても日野草城の「春の灯や女は持たぬのどぼとけ」という句を想起せずにはいられない。句の情景は対蹠的であり、次男句には男性的色気さえ感じられるし、草城句からは女性のエロチシズムが匂い立ってくるように感じられてならない。『花筧』(1992)所収。(八木忠栄)


January 3012007

 また一羽加はる影や白障子

                           名取光恵

崎潤一郎の『陰翳礼讃』を持ち出すまでもなく、白障子のふっくらとした柔らかい光線の加減こそ、日本人の座敷文化の中核をなすといえよう。障子や襖(ふすま)などの建具が冬の季語であることに驚く向きも多いだろうが、どれも気温を調節し、厳しい寒さの間はぴったりと閉ざし、春を待つものとすると考えやすいかと思う。障子といえば、私のようないたずら者には、影絵遊びや、こっそり指で穴を作る快感などを思い浮かべるが、掲句の障子の影に加わる一羽は、庭に訪れた本物の小鳥だろう。というのは、句集中〈検査値の朱き傍線日雷〉〈十日目の一口の水秋初め〉など闘病の句に折々出会うことにより、仰臥の視線を感じるためだ。しかし、どれも淡々と日々を綴っている景色に、弱々しさや暗さはどこにもない。庭に訪れた小鳥の輪郭を障子越しに愛で、来るべき春の日をあたたかく見守る作者がそこにいる。冬来たりなば春遠からじ。あらゆることを受け入れている者に与えられた透明な視線は、障子のあちら側で闊達に動く影に、自然界の厳しさのなかで暮らす力強い鼓動を読み取っている。純白の障子は、凶暴な自然界と、人工的にしつらえられている安全な室内との結界でもある。『水の旅』(2006)所収。(土肥あき子)


January 2912007

 新宿のおでんは遠しまだ生きて

                           依光正樹

近、なんとなく涙もろくなってきた自分を感じる。同世代の友人たちにその話をすると、たいていは「俺もだ」と言う。加齢が原因なのだ。この句にも、ほろりとさせられた。通俗的といえばそうであるが、しかし人は生涯の大半を俗に生きる。通俗を馬鹿にしてはいけない。青春期か壮年期か。作者は連夜のように通った新宿のおでん屋を思い出している。それも単におでん屋のことだけではなく、その頃の生活のあれこれが派生して浮かんでくる。そのおでん屋からいつしか足が遠のき、いまではすっかりご無沙汰だ。地理的に遠く離れてしまったのかもしれないが、時間的には明確に遠くなってしまっている。もはや新宿に出かける用事もないし、わざわざ出かけていくほどの元気も失せた。「まだ生きて」とあるから、当時ともに酌み交わした仲間や同僚の何人かは、既に鬼籍に入っているような年齢なのだろう。自分だけがおめおめと生き続けていることが、ふと不思議になったりもする。思い出すという心の動きは、孤独感の反映だ。たとえ子供であっても、そうである。楽しかった新宿の夜。しかも思い出すほどに孤独感は余計に強まり、まだ生きている寂しさは募るばかりなのだが、思い出の魔はとりついたまま離れてくれない。「まだ生きて」は、そんな孤独地獄のありようを一言で提出した言葉だ。身につまされる。「俳句」(2007年2月号)所載。(清水哲男)




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