February 2522007

 紙風船紙の音してふくらみぬ

                           伏見清美

風船といえば、まず思い浮かべるのは、掌ではねて幾度も空へ打ち上げられる図です。その図から、未来への希望や願い事、あるいは空の大きさへと連想はつながります。この句が新鮮に感じられるのは、そういった誰しもが持つ感覚ではなく、もっと手前の視点から風船を描いているからです。季語は風船、やわらかく膨らむ春です。作者は、空に打ち上げられる前の段階に目を留めます。三日月形の、折りたたまれた色鮮やかな平面が、じょじょに立体へと変化して行く過程を描こうとしています。それも見た目ではなく、「紙の音して」と、聴覚を持ち出すところは、なるほど見事と思います。この句を読めば皆、耳の奥に、紙が自分の身を広げてゆくときの、伸び上がるような音を聞くはずです。空へ飛び上がる前に、紙風船はまず、自分自身の中に空を広げます。紙風船に顔を近づけて、思い切り息を吹き込んでいるのは、風船のように頬の柔らかな幼児でしょうか。玄関には富山の薬売りが坐って、大きな風呂敷の結び目をほどいています。紙風船は素敵に胸をときめかすおまけでした。母親の後ろで、紙風船がいつもらえるかと待っている子供の姿が、思い出の中にはっきりと見えます。『角川俳句大歳時記 春』(2006・角川書店)所載。(松下育男)




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