March 142007
襟あしの黒子あやふし朧月
竹久夢二
もちろん女性のしろい襟あしにポチリとある黒子(ほくろ)である。本人は気づいているのだろうが、本人の目には届きにくい襟あしに忘れられたように、とり残されたようについているほくろは、この場合、美人の条件の一つとして設定されていると言っていい。まだ湿気を多く含んだ春の夜にぼんやりかすむ朧月は、満月や三日月のようなくっきりとした美しさとは別の妖しさがしっとり感じられる。夜空ににじんでいるような朧月と、襟あしにポチリと目立つほくろの取り合わせは憎い。そんな絵が夢二にあったような気がする。明治から大正にかけて、美人画で一世を風靡した夢二ならではの、女性に対する独自のまなざしがある。目の前にあるほくろと、夜空に高くかすむ月。両者を結ぶ「あやふし」は、ほくろを目の前にした作者のこころがたち到っている「あやふさ」でもあるだろう。その情景はいかようにも設定し、解釈できよう。美人が黒猫を抱いている代表作「黒船屋」も妖しい絵だけれど、夢二は浪漫的な美人画ばかりでなく、子供の絵もたくさん残した。詩や俳句も少なくない。夢二の絵そのものを思わせる「舞姫のだらり崩るゝ牡丹かな」という句もある。そんな大人っぽい妖しい句があるいっぽうで、「落書を消しにゆく子や春の月」という健気な句もある。『夢二句集』(1994)所収。(八木忠栄)
June 082011
ほつれ毛に遊ぶ風あり青すだれ
竹久夢二
恋多き画家、独特の美人画で誰もが知っている夢二ならではの写生句。青すだれ越しの涼風が美人さんのほつれ毛にたわむれ、ひたいやうなじにもまとわりついている。いや、それは風のみならず、じつは美人さんを見つめる夢二の視線が、ほつれ毛にたわむれ遊んでいるとも言えよう。「ほつれ毛」「風」「青すだれ」――それらのデリケートな重なり具合が計算されている。「青すだれ」の語感が涼しさをたっぷりと放っている。葭やビニールなどさまざまな材料で編んだすだれがあるけれど、青竹で編んだ青すだれこそ、暑い夏なおいちばん涼しそうに感じられる。すだれはクーラーなどなかった時代の夏の風情を、日本的に演出した視覚的な家具でもあった。夢二は若い頃には社会主義青年として、平民社の荒畑寒村らと共同自炊生活を送ったこともあり、絵のほかに無季俳句の連作を発表したこともあった。いかにも夢二らしい「襟足の黒子(ほくろ)あやふし朧月」という句や、「味噌をする音に秋立つ宇治の寺」という本格的な句もある。『夢二句集』(1994)所収。(八木忠栄)
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