午後、多磨霊園で河出書房の同僚だった飯田貴司君の七回忌。もう葉桜だろうな。(哲




2007ソスN4ソスソス6ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

April 0642007

 春風にこぼれて赤し歯磨粉

                           正岡子規

々の食事の内容について克明な記録を残した点から子規を健啖家として捉える評や句は多くある。子規忌の「詠み方」としてそれは一典型となっている。結核性腹膜炎で、腹に穴が開き、そこから噴出す腹水やら膿やらと、寝たきりの排泄の不自由さに思いを致して、凄まじい悪臭が身辺を覆っていたという見方もよく見かける視点である。子規が生涯独身で、母と妹が看病していたが、その妹への愛情やその裏返しとしての侮蔑についてもよく語られるところ。特異な状況下におかれた人のその特異さについてはさまざまな角度から評者は想像を膨らませていくわけである。それが子規を語る上のテーマになったりする。しかし、死に瀕した人間が特殊なことに固執したり、健常者から見れば悲惨な状況に置かれたりするのはむしろ当然のこと。そういう状況が、どうその俳人の俳句に影響を与えたのか、与えなかったのかの見方の方に僕などは興味が湧く。子規の日記に歯痛についての記述もあるから、この句から歯槽膿漏の口臭について解説する人がいたとしても不思議はないが、僕は歯磨粉という日常的素材と「赤し」の色彩について「写生」の本質を思う。そのときその瞬間の「視覚」の在り処が「生」そのものを刻印する。「見える」「感じる」ということの原点を思わせるのである。子規の「写生」は、「神社仏閣老病死」の諷詠でなかったことだけは確かである。講談社『新日本大歳時記』(2000)所載。(今井 聖)


April 0542007

 子供よくきてからすのゑんどうある草地

                           川島彷徨子

らすのゑんどうは子供達になじみの春の草花だ。4月から5月ごろに赤紫の小さい花とともにうす緑の細い莢ができる。先っちょにくるくる巻いた蔓も愛らしく、明るい莢の中には粟粒ほどの実が一列にならんでいる。その先端を斜めにちぎり、息を吹き込んでブーブーッ鳴らして遊ぶ。カラスノエンドウの呼び名の由来は人間の食べるエンドウより小さく、スズメノエンドウよりはちょっと大きいからとか。植物の名前にカラスやスズメがつくのは大きさの目安であるようだ。昔は町のあちこちに掲句のような草地があった。放課後女の子が誘い合ってはシロツメ草で花冠を作ったり、四つ葉のクローバーを探したりした。「子供きて」だと、子供が来た草地をたまたま目にしたという印象だが、「子供よくきて」と字余りに強調した表現から、春の草花が生い茂る近所の草地に子供達が毎日賑やかに集まって来る様子がわかる。彼らを見る作者の目が優しいのは自分の子供時代の思い出を重ね合わせているからだろうか。暑くなればカラスノエンドウは荒々しい夏草に覆い隠されてしまう。次に子供達の遊び相手になるのは何だろう。そんなことを楽しく思わせる句だ。彷徨子(ほうこうし)の作品は眼前を詠んでもどこか郷愁を帯びた抒情を感じさせる。「夏休の記憶罅だらけの波止場」「鶏小舎掃除糸瓜に幾度ぶつかれる」『現代俳句全集』二巻(1958)所載。(三宅やよい)


April 0442007

 肩越しにふりむくと/背後は桜の花に/覆われていた

                           アレン・ギンズバーグ

レン・ギンズバーグはアメリカのビート派を代表する詩人。彼には『Mostly Sitting Haiku』(1978)という句集が一冊あるが、まだ日本では訳句集として刊行されていない。掲出句は中上哲夫訳。原文は「Looking over my shoulder/my behind was covered/with cherry blossoms」。桜の花を特別なとらえ方をしているわけでも、技巧をこらして詠んでいるわけでもない。背後をふりむいて、ぎっしりといちめんに咲いている桜に圧倒された、その驚き。毎年桜を観ている私たち日本人とはちがった強いショックを、ギンズバーグは当然覚えただろう。中上によれば、英文学者R.H.ブライスに『俳句』四巻本があるとのこと。掲出句には、1955年に「バークレー市にある小屋で『俳句』を読みながら作った俳句」というギンズバーグの前書きが付いている。代表作「HOWL」を書いた翌年である。あるインタビューで「黒い表紙の俳句の本が宝物だったよ」と語っている。ケルアックやスナイダーらも、さかんに俳句を作ったことはよく知られている。ケルアックの死後に出版された『俳句の本』(2003)には八百句近くが収められているとのこと。詩・禅・俳句――それらは彼らの精神のなかで緊密に連関していた。掲出句からおよそ20年後のギンズバーグに「鼻にとまった蝿よ/わたしは仏陀ではない/そこに悟りはないよ」(中上哲夫訳)という、ユーモラスで禅的な俳句がある。蛇足ながら、1988年10月に、シルバーのネクタイをしめたギンズバーグが砂防会館のステージに登場したとき、私は興奮のあまりからだが震えた。「現代詩手帖特集版・総特集=アレン・ギンズバーグ」(1997)所載。(八木忠栄)




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