April 292007
春雨や動かぬ貨車の操車場
宮原和雄
子供の頃に、大田区の西六郷に住んでいました。近くに蒲田の操車場があり、国鉄(今のJR)関係の仕事に従事している人が多く住んでいました。国鉄職員のための「国鉄アパート」や、社宅がありました。小学校中学校と、そこから通っている友人も多く、よく操車場近くで一緒に遊んでいました。何台もの車両が金網の向こうに見える風景が、いつも日常の中にしっかりとありました。操車場とは言うまでもなく、車両の入れ換え・整備などを行う場所です。「動かぬ」と句の中でも強調しているように、多くの車輌は一見、静かにたたずんでいるかのように見えます。その動かないことが、秘めたエネルギーを感じさせ、間近に見ると圧迫感を持ってせまってきます。季語は春雨。これから生き物が息づいてくる季節に降る雨です。掲句も、明るい方向へ向かう季節の中の操車場を詠っていますが、全体の印象はどちらかと言うと、「勢い」よりもむしろ「休息」です。荷物を降ろしたあとで、貨車は操車場のてのひらに包まれて静かに眠っているようです。その眠りを起こすことなく、車輌を濡らして春の雨が降り続けます。貨車のほっとした吐息が、春のやさしい雨音の向こうから聞こえてきそうです。本日は昭和の日。昭和をどうする日なのかはわかりませんが、わたしが国鉄アパートの階段を駆け上がっていた頃は、昭和もまだ、若い頃でした。『鑑賞歳時記 春』(1995・角川書店)所載。(松下育男)
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