April 302007
北へ行く春と列車ですれちがふ
藤井晴子
かつてNHKラジオに「日本のメロディー」(1977年〜1991年)という番組があり、愛聴していた。パーソナリティは、独特の語り口で人気のあった中西龍(故人)アナウンサー。掲句は番組の終わりで毎回紹介されていた俳句のなかの一句だ。中西さんは千昌夫の「北国の春」(作詞・いではく)を引用して、この句にコメントをつけていた。とりわけて二番の歌詞の「雪どけせせらぎ丸木橋/からまつの芽がふく北国のああ北国の春」あたりが、いまどきの北海道の季節感にしっくりと来るだろう。調べてみたら、北海道の桜は昨日現在ではまだ咲いていない。青森でも、ちらほらということだった。日本列島は南北に細長く、北国の春が遅いことは誰もが承知している。しかしその承知は頭の中でのそれなのであって、実感として入ってくるのは、実際に列車などで移動するときだ。作者はいま北国から南下中で、車窓の景色がだんだん早春から初夏のようなそれへと移り変わっていく様子に、「北へ行く春」とすれちがっているのだなあと実感している。そんなに情感のある句とは言えないけれど、ちょうどこの季節に旅行する人の実感を素朴にとらえた手柄は評価できる。この実感からもう一歩踏み込めば、もっと良い句になったと思う。惜しい。中西龍『私の俳句鑑賞』(1987)所載。(清水哲男)
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