May 192007
簡単に通り過ぎたる神輿かな
劔持靖子
二年前、神幸祭の当日に神田明神界隈を歩いた。少しまとまった数の俳句を作る目的の一人吟行である。神輿、汗、熱気、祭太鼓に祭笛、などいかにもそれらしい連想が頭の中をめぐる。しかし実際には、鳥居の前の桐の花や、すれ違う洗いざらしの祭袢纏、どこからかかすかにきこえる風鈴の音に気持がいってしまう。これじゃなあ、それにしても御神輿はどこなのかしら、と思ってふと見ると、細い路地の向こうを通過中である。あわてて路地をぬけて後ろ姿を見送った。この句の作者は、私のように無計画ではない。神輿の通る道端の最前列に陣取って今か今かと待っていたのである。由緒ある祭の立派な御神輿が近づいてくるのが見える、そして目の前を汗と熱気のかたまりが通過、やはり後ろ姿を見送ったのだろう。案外あっけなかったなあ、という、ふと我に返ったような気持を、簡単に、と感情をこめずに叙したところに余韻が生まれている。通り過ぎたる、というのを、祭後(まつりあと)の寂寥感にも通ずる、と読むこともできるのかもしれないが、私には、もっとあっけらかんとした明るさと、逆に熱気に包まれた神輿の勇壮な姿が見えてくる。簡単に、という上五は、それこそ簡単には浮かばない。二十代前半からの句歴四十年の作者ならではだろう。同人誌「YUKI」(2007・夏号)所載。(今井肖子)
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