はしかで休講の大学が続出。百日咳でも。学生諸君、街に出ないで書を読もう。(哲




2007ソスN5ソスソス28ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

May 2852007

 広げては後悔の羽根孔雀なり

                           本田日出登

季句ではあるが、孔雀が羽根を広げるのは春から初夏にかけてが一般的らしいから、いまごろの季節の句として読んでも差し支えはなさそうだ。羽根を広げるのは雄で、求愛のためである。威嚇性はない。自分の身体を覆って余りあるほどの大きさに広げるのだから、相当に体力を消耗しそうである。見ているだけで「男はつらいよ」と思ってしまう。しかし、広げなければ雌は振り向いてもくれない。だから渾身の力を込めて広げているのだろうが、そうすれば必ず求愛が成就するというわけでもない。思いきり広げたのに、あっさりと拒絶されたりして、しょんぼりなんてことはよくあるのだろう。作者はそこに着目して、「後悔」という人間臭い心理を持ち込んでいる。この着眼によって「孔雀なり」とは孔雀そのものであると同時に、人間である作者自身でもあることを暗示している。となれば、作者の「後悔の羽根」とは求愛のための衣装にとどまらず、生きてきた諸場面でのおのれのアピール行為全般に及ぶ。これまでに力を込めて、何度自身をアピールしてきたことか。それが失敗したときの後悔ばかりが、思い出されてならないのである。このときに、決して孔雀も人間も誇らかな生き物ではありえない。華麗な孔雀の姿に、かえって哀しみを覚えている。この感性や、良し。『みなかみ』(2007)所収。(清水哲男)


May 2752007

 曾て住みし町よ夜店が坂なりに

                           波多野爽波

て(かつて)と読みます。季語は「夜店」。言うまでもなく路上で商いをする露天商のことです。神社やお寺の縁日になると、道の両側に色とりどりの飾り付けをした店が並びます。掲句を読んで、胸がしめつけられるような思いを抱いた人は多いと思います。「曾て住みし町よ」の詠嘆が、読み手の心を一気に掴みます。読むものそれぞれに、昔の出来事や風景が浮かんできます。また、「坂なり」という言葉も印象的です。あまり使われない言い方ですが、坂の傾斜に沿って、という意味なのでしょうか。この傾斜が、句全体に微妙な心の揺らぎをもたらしています。若い頃に暮らしていた町。若かったからできた生活。毎日のように会っていた友人たち。引っ越した日の空までもが目に浮かんできます。あれからいろいろなことがあって、歳をとり、家庭を持ち、今はもう忙しい毎日にふりまわされるばかりで、この町を思い出すことはありません。用事があって久しぶりに訪れた町です。見れば薄暗くなってゆく空の下に、まぶしいほどの光を灯して夜店が出はじめています。なつかしくも楽しい気分になって歩いていると、急に心がざわめいてきます。あの人は今どうしているだろう。うつむいて歩くゆるい下り坂に、かすかにバランスがくずれます。『作句歳時記 夏』(1989・講談社)所載。(松下育男)


May 2652007

 花桐やがらがらゆるみ竹庇

                           楠目橙黄子

があんなに大きい木で、薄紫の花が高い所に咲くものだということを、恥ずかしながらつい数年前知った。子供の頃桐といえば、熱中して遊んだ花札。父、母、妹と4人で座布団を囲んだ。勉強は学校で教われ、遊びは家で教えてやる、という父の方針(?)で、小学校低学年の頃から麻雀、花札、ポーカー等、賭こそしないが、めんたんぴん、リーチ、ぴかいち、フルハウスが語彙にある小学生も珍しい、というかのんきな時代だった。花札の桐の花は、いわゆる家紋のデザイン、漠然とすみれのような咲き方を想像していたので、あれが桐の花よ、と教えられた時は驚いた。一度覚えると目につくが、車窓からの遠景が多い。ある時、近所の桐の木がある空き地に、花が散り始める頃車を止めた。雨上がり、桐の花は散ってもさらに匂い立ち、手に取った花は思った以上に大きかった。植えれば二十年余りでタンスが作れるほどに成長することから、娘が生まれたら庭に桐の木を植えよともいわれたようだが、この句の桐の木も、かつてそんな思いをこめて植えられたのかもしれない。人が住む気配のない庭、庇からたれた紐の先に光る雨しずく、今はただ、桐の花の甘い香りがただようばかりである。橙黄子(とうこうし)の原句は、がらがら、の部分、くり返し記号を用いている。横書きではうまく表せなくこうなったが、こうして重なるとやはり強く、ゆるみ、と叙したやわらかさの邪魔をするようにも思われる。「ホトトギス雑詠撰集夏の部」(朝日新聞社)所載。(今井肖子)




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