June 192007
死んでゐる蛇をしまひし布袋
茅根知子
蛇を嫌うあまり「巳年の年賀状を見ることができない」と嘆く友人がいる。常に人から嫌われる生き物の上位に位置する蛇である。邪馬台国では、情報の伝達を禁じるために「文字を書くとその文字がすべて蛇となる」とおふれを出し、人々を容易く信じ込ませたという。蛇を怖れることは、人間が遠く洞窟に暮らしていた時代にさかのぼるというのだから、先祖代々の記憶の種として植え付けられているのかもしれない。掲句の蛇は駆除されたものか、蝮捕りの袋なのか不明だが、その存在は生々しい。俳句は淡々と詠むほどに、読み手に拒絶する時間を与えず広がってしまう映像がある。ことに掲句の下五、「布袋」とぽつんと言い留めたところに、不穏なふくらみを持った目の粗い麻布が、湿り気を伴い、こちらの膝に放り出されたような感触で迫ってくる。蛇は死んだことにより、単なる生き物から永遠の命を持つ化け物へと生まれ変わった。赤い瞳を閉じ、暗い袋のなかでうずくまっているであろう姿は、生きているよりはるかに恐ろしいあり様である。この袋には死んだ蛇が入っている、それだけの情報が、それぞれに形を変えて読者の心に浸透する。『眠るまで』(2004)所収。(土肥あき子)
December 242013
東京が瞬いてゐるクリスマス
茅根知子
クリスマスイルミネーションの発祥は、森のなかで輝く星の美しさを木の枝にロウソクを点すことで再現しようとしたものだといわれる。日本では昭和6年「三越」の電飾がさきがけだという。現在では、人気スポットでは12月に入る前から光ファイバーやフルカラーLEDを駆使して、競い合うようにまたたいている。掲句は「東京が瞬く」と書かれたことで、東京自体があえかな光りをまとい息づいているように見えてくる。作者はクリスマスの喧噪からそっと離れ、スノーボールに閉じ込めたようなきらめく東京を、手のひらに収めるようにして飽かずに眺め続けるのだ。『眠るまで』(2004)所収。(土肥あき子)
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