August 0282007

 夕顔や横丁の名も花の名も

                           岡部松助

本邦雄の『國語精粹記』の「歌枕考現學」には各地の美しい地名がずらりと並べられている。京都は「一千年の文化がみづからに施した象眼、螺鈿(らでん)、どの一部分をクローズアップしても、それは固有名詞花園であつた」という説明とともに燈籠町、月見町、紅葉町、佛具屋町、悪王子町、と言った下京の町名が羅列されており、その中に夕顔町の名も見える。驚くことに六条西には天使突抜(てんしつきぬけ)と呼ぶ地域もあるらしい。散歩や観光で訪れた見知らぬ場所でたまたまこのような名前を目にとめたら、さぞ旅心を刺激されることだろう。この句ではあてどなく歩いている最中にふっと目を留めた町名と門扉の近くに揺れる真っ白な花の名が一致した偶然がさりげなく詠まれている。陋屋に美しい女を見出す『源氏物語』から始まって「夕顔」という言葉は様々な連想を抱えこんでいる。「横丁の名も」「花の名も」と後に続いてゆく「も」にそのあたりの事情を含ませているのだろう。しかし、この句は歩いているときに出会った偶然をそのまま句に書きとめている何気なさが魅力。それが「夕顔」の美しさとともに気さくで身近なこの花の印象を引き立てているように思う。俳誌「や」(第43号・2007年夏号)所載。(三宅やよい)




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