August 052007
君だつたのか逆光の夏帽子
金澤明子
夏帽子といえば、7月25日にすでに八木忠栄さんが「夏帽子頭の中に崖ありて」(車谷長吉)という句を取り上げていました。同じ季語を扱っていますが、本日の句はだいぶ趣が異なります。句の意味は明瞭です。夏の道を歩いていると、向こうから大きな帽子を被った人が近づいてきます。歩き方にどこか見覚えがあるようだと思いながら、徐々にその距離を狭めてゆきます。だいぶ近くなって、ちょうど帽子のつばに太陽がさえぎられ、下にある顔がやっと見分けられて、ああやっぱり君だったのかと挨拶をしているのです。逆光のせいで、まっ黒に見えていた人の姿が、本来の人の色を取戻してゆく過程が、見事に詠われています。「君だったのか」の「のか」が、話し言葉の息遣いを生き生きと伝えています。「君」がだれを指しているのかは、読み手が好きなように想像すればよいことです。大切な異性であるかもしれませんが、わたしはむしろ、気心の知れた友人として読みたいと思います。「君だったのか」のあとは、当然、「ちょっと一杯行きますか」ということになるのでしょう。「暑いねー」と言いながら、二人連れ立ってそこからの道を、夏の日ざしを背に受けながら同じ方向へ向ってゆくのです。もちろん帽子の下の頭の中には、すでに冷えたビールが思い浮かべられています。『角川俳句大歳時記 夏』(2006・角川書店)所載。(松下育男)
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