August 272007
何の包みか母の外出曼珠沙華
窪川寿子
ことさらに「母の外出」と書くくらいだから、彼女はめったに外出しないのだろう。もはや相当な高齢の故なのかもしれない。その母が珍しく外出することになり、しかも大きな風呂敷「包み」を手にしている。普段であれば「お母さん、それなあに」くらいのことは、気の置けない母娘なのだし気軽に聞いてしまうはずなのだが、このときに限っては聞くのがなんとなく憚られた。家族同士ではあっても、相手の常ならぬ気配を察して、こういうことはまま起きるものだ。むろん、母親の外出先も聞けなかったはずである。そうはいっても、そんなに深刻に母親のことを心配しているわけでもない。包みの中身がちょっと気掛かりなために、作者は母を見送る姿勢のまま、何だろうなあとぼんやり心当たりを考えている。気がつけば、その母が遠ざかっていく道のあちこちには、いつの間にか「曼珠沙華」がぽつりぽつりと咲いているのであった。暑い暑いと言っている間に、もう自然は秋の装いを整えはじめていたのだ。作者はここでふっと普段通りの自分に立ち戻り、さながら人生の秋を行くような母の小さな後ろ姿に「気をつけてね」と微笑したのだったろう。小さな詩型が書かしめた小さなドラマだ。『甲斐恋』(2007)所収。(清水哲男)
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