きちんとした選挙管理内閣が作れるかどうか。自民の結束度が問われている。(哲




2007ソスN9ソスソス14ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

September 1492007

 颱風の蝉を拾へば冷たかり

                           佐野良太

の死んでいる姿には、哀れというより、どこか志を果たし得たような印象がある。地上に出てくるだけでも大変なのにという思いが重なるからだ。颱風が原因で死んだわけではないから、蝉に同情することはない。颱風も蝉の死も自然の営為が粛々と進行しているにすぎない。蝉の亡骸の冷たさもまた。この句、そういう意味では即物非情の句というべきだろう。表記を分析すれば、颱風、蝉、冷と季語が三つ入っている。一句に季語が一つという「原則」をうるさく言い出したのは、むしろ近年のことだ。子規も虚子もこれについては比較的寛容だったはず。自身の作も含めて。表記のことでもう一つ。「拾へば」があるが、何々すれば、という条件の「ば」を使わないよう指導する指導者も多い。条件の「ば」を使うと往々にして原因と結果を強調する内容となり、散文化して俳句の特性が薄れるというのがその理由である。季語を二つ以上使うと往々にして焦点が分散して散漫になるからなるべく使わぬ方が無難だという指導。「ば」を使うと往々にして散文化するからなるべく使わぬ方が無難だとする指導。「なるべく」と「無難」が重なっていつの間にかタブーになる。俳句にはそんなタブーがいっぱいある。タブーが多いと俳句は芸事化(或いはゲーム化)し、一番得をするのは、タブーを避けて「無難」化する技術に長けた師匠とベテランということになる。かくて、タブーの多用はヒエラルヒーの安泰につながっていく。最近は、季語一つの「原則」を逆手にとって、一句に季語を二つ入れることに腐心する俳人もいると聞くがこれもどうか。タブーをつくることと同様、そんな「技術」にも事の本質はないのではないか。講談社版『日本大歳時記』(1981)所載。(今井 聖)


September 1392007

 月影の銀閣水を飼ふごとし

                           藤村真理

めて銀閣をみたときは金閣の華やかさに比べて質素で地味なそのたたずまいに物足りなさを感じた。それはきっと昼間だったからで、金閣が太陽の化身だとすれば、銀閣は夜の世界を統べているのかもしれない。銀閣の前に設えた白砂の庭は銀沙灘と呼ばれ波に見立てた筋目がくっきりとつけられており、傍らには月を愛でるため作られた二つの向月台がある。「月影」は月の光そのものと、月の光に映し出された物の姿と、辞書にはある。掲句の場合は冴え冴えとした月に照らし出された銀閣のたたずまいを表しているのだろう。白砂には石英が含まれており、月光を受けるときらきら反射するらしい。「水を飼ふごとし」と表されたその様は、夜の銀閣が月の光に波音をたてる白砂の水を手なずけているようだ。趣向を凝らした言い方ではあるが、現実を超えた幽玄な銀閣の姿を言い表すには、このくらい思い切った表現を用いても違和感はない。いつも観光客の肩越しにしか見られない場所であるが、夜中にそっと忍び込んで月明かりの銀閣を見てみたい。そういう気分にさせられる句である。『からり』(2004)所収。(三宅やよい)


September 1292007

 東京の寄席の灯遠き夜長かな

                           正岡 容

句に「ふるさと」のルビが振ってある。正岡容(いるる)は神田の生まれ。よく知られた寄席芸能研究家であり、作家でもあった。小説に『寄席』『円朝』などがあり、落語の台本も書いた。神田っ子にとっては、なるほど東京はふるさと。しかも旅回りではなく、空襲をよけて今は遠い土地(角館)に来ている。秋の夜長、東京の灯がこよなく恋しくてならない。東京生まれの人間にとって、この恋慕は共感できるものであろう。まして「ふるさと」と呼べるような東京が、まだ息づいていた昭和二十年のことである。敗戦に近く、東京では空襲が激化していた。容は四月、五月の空襲により、羽後の山村に四ヵ月ほど起臥した。さらにその後、角館へ寄席芸術に関する講演に赴いた折、求められて掲出句を即吟で詠んだ。そういう背景を念頭において読むと、「寄席の灯」の見え方もしみじみとして映し出される。人々はせめてひとときの笑いと安息を求めて、その灯のもとに肩寄せあっているはずであり、容にはその光景がくっきりと見えている。もちろん同時期に、「寄席の灯」どころではなく、血みどろになって敗戦末期の戦地を敗走し、あるいは斃れていった東京っ子、空襲の犠牲になった東京っ子も数多くいたわけである。容は句の後に「わが郷愁は、こゝに極まり、きはまつてゐたのである・・・・」と書き付けている。深川で詠んだ「春愁の町尽くるとこ講釈場」「君が家も窓も手摺も朧かな」などの句もある。『東京恋慕帳』(1948)所収。(八木忠栄)




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