そうか、去年の今頃は北京にいたのだった。すっかり忘れてました。(哲




2007ソスN9ソスソス23ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

September 2392007

 夕刊に音たてて落つ梨の汁

                           脇屋義之

を食べた汁が新聞に落ちる、それだけのことを描いただけなのに、読んだ瞬間からさまざまな思いが湧いてきます。句というのは実に不思議なものだと思います。たしかに梨を食べるのは、日が暮れた後、夕食後が多いようです。一日の仕事を終えてやっと夕飯のテーブルにつき、軽い晩酌ののち、ゆっくりと夕刊を開きます。そこへ、皿に載った四つ切の梨が差し出されます。蛍光灯の光が、大振りな梨の表面を輝くばかりに照らしているのは、果肉全体にゆき渡ったみずみずしさのせいです。昨今の政治情勢でも読みふけっているのでしょうか。「こんなふうに仕事を放り投げられたら、ずいぶん楽だろうなあ」とでも思っているのでしょうか。皿のあるあたりに手を伸ばし、梨の一切れを見もせずに口に運び、そのままかぶりつきます。思いのほか甘い汁が口を満たし、その日の疲れを薄めるように滲みてゆきます。意識せずに口を動かす脇から、甘い汁がこぼれ落ち、気が付けば新聞を点々と黒く染めています。静かな夜に好きな梨を食することができるというささやかな幸せが、新聞記事の深刻さから、少しだけ守ってくれているように感じられます。『角川俳句大歳時記 秋』(2006・角川書店)所載。(松下育男)


September 2292007

 桔梗の咲く時ぽんといひさうな

                           千代尼

当にそうだ、と読んだ瞬間思ったのだった、確かに、ぽん、な気がする。ききょう(きちこう)の五弁の花びらは正しく、きりりとした印象であり、蕾は、初めは丸くそのうちふくらみかけた紙風船ようになり、開花する。一茶に〈きりきりしやんとしてさく桔梗かな〉の一句があるが、やはり桔梗の花の鋭角なたたずまいをとらえている。千代尼は、加賀千代女。尼となったのは、五十二歳の時であるから、この句はそれ以降詠まれたものと思われる。そう思うと、ふと口をついて出た言葉をそのまま一句にしたようなこの句に、才色兼備といわれ、巧い句も多く遺している千代女の、朗らかで無邪気な一面を見るようである。時々吟行する都内の庭園に、一群の桔梗が毎年咲くが、紫の中に数本混ざる白が、いっそう涼しさを感じさせる。秋の七草のひとつである桔梗だけれど、どうも毎年七月頃に咲いているように思い、調べてみると、花の時期はおおむね、七月から八月初めのようで、秋草としては早い。そういえば、さみだれ桔梗といったりもする。今年のようにいつまでも残暑が続くと、今日あたり、どこかでまだ、ぽんと咲く桔梗があるかもしれない。「岡本松濱句文集」(1990・富士見書房)所載。(今井肖子)


September 2192007

 汝を泣かせて心とけたる秋夜かな

                           杉田久女

分の心の暗部を表白する俳句が、大正末期の時代の「女流」に生まれていたのは驚くべきことである。厨房のこまごまを詠んだり、自己の良妻賢母ぶりを詠んだり、育ちの良い天真爛漫ぶりを演じたり、少し規範をはみ出すお転婆ぶりを詠んだり、当時のモガ(モダンガール)を気取ったりの作品は山ほどあるけれど、それらは、どれも「男」から見られている「自分」を意識した表現だ。それは当時の女流の限界であって、そういう女流を求めていた男と男社会の責任でもある。今においては、「女流」なんて言い方は時代錯誤と言われそうだが現代俳句においてどれほど意識は変革されたのか。ここからここまでしか見ないように、詠わないようにしましょうと啓蒙し、自分は自在に矩を超えて詠んだ啓蒙者のいた時代は終わった。自ら進んで規範に身をゆだね啓蒙される側に立つのはもうやめよう。男も女も。われらの前にはただ空白のキャンバスが横たわっているのみである。『杉田久女句集』(1951)所収。(今井 聖)




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