November 062007
布団より転げ落ちたる木の実かな
白濱一羊
明け方、猫が布団に入ってくるようになると、いよいよ秋も深まったなぁと実感する。体温であたたまった布団の中は、なにものにもかえがたい愛おしい空間である。見ていた夢の尻尾をつかまえようともう一度目をつぶってみたり、外の雨の音に耳を澄ましてみたり、なんにもしない時間がふわふわと頭上に平らに浮かんでいるのをぼんやり眺めているような、贅沢なひとときである。とまれ、これはまだ夢ともうつつともつかない半睡半醒の状態である。一日の始まりは布団をぱっとはねのけ、立ち上がるところからであろう。この行為により、夢の世界は遠くの過去のものとなり、頭は現実的な手順と段取りへと切り替わる。そんなスイッチが完了したという時に、布団からぽろりと木の実がこぼれ落ちた。こんなところにあるはずのない木の実。まるで過去へと引き戻す扉の隙間から、わずかに光りが漏れているのを見つけてしまったような、奇妙な気持ちにとらわれることだろう。宮沢賢治の『どんぐりと山猫』で、裁判のお礼に一郎が山猫からもらったひと枡の黄金のどんぐりは、家が近づくにつれ、みるみるあたりまえの茶色のどんぐりに変わっていたのだったことなども、胸をよぎる。夢の種…。今日やらなければならないことは全て忘れて、閉まりかけている扉へと引き返したくなる朝である。『喝采』(2007)所収。(土肥あき子)
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