蛹玲「昴隱縺ョ句

March 0532008

 春うらら葛西の橋の親子づれ

                           北條 誠

んなのどかな春の風景はもうなくなった、とは思いたくない。都会を離れれば、こういううららかな親子づれの光景はまだ見られるだろう。いかにものどかで、思わずあくびでも出そうな味わいの景色である。時折、こんな句に出くわすと、足を止めてしばし呼吸を整えたくなる。葛西は荒川を越えた東に位置する江戸川区の土地である。「葛西の橋」を「葛西橋」と特定してもいいように思う。もちろん葛西には旧江戸川にかかる橋もあることはある。江東区南砂と江戸川区葛西を一直線で結ぶ道路の、荒川にかかっているのが葛西橋である。葛西橋は他にも俳句に詠まれていて、のどかな時間がゆったり流れていることもあれば、せつなくも侘しい時間が流れていることもある。「葛西」という川向こうの土地がかもし出すイメージが、「親子づれ」をごく自然に導き出してくれている。小津安二郎(?)か誰かの映画のワンカットで、「葛西橋」とはっきり書かれた木の橋の欄干が映し出された画面が私の記憶に残っている。映画の題名も監督も、今や正確には思い出せない。この「親子」はどんな氏素性をもった親子なのか、何やらドラマの一場面のようにも想像されてくる。北條誠は脚本家として映画「この世の花」をはじめ、多くの小説や脚本を残した。「まつ人もなくて手酌のおぼろかな」「永代の橋の長さや夏祭」等々、気張らず穏かな俳句が多い。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


June 0462014

 夏衣新仲見世の午下り

                           北條 誠

のごろの夏の衣服は麻やジョーゼット(うすもの)をはじめ、新しく開発された繊維がいろいろと使われて、清涼感が増してきている。かつての絽、紗、明石、縮緬などは、いずれも軽くて涼しいものだ。「夏服」ではなく「夏衣」というから、ここでは和服であろう。いかにも浅草である。にぎやかな仲見世通りとちがって、そこに交差するむしろ幾分ひんやりとした通りである。昼下りののんびりとした新仲見世通りの静けさを、夏衣に下駄履きのお人が、軒をならべる店をひやかしながら歩いているのだ。お祭りどきの浅草は、路地にも人が入りこんでごった返してにぎやかだが、ふだんは静かで睡気を催したくなるような空気が流れている。新仲見世と言えば、老舗「やげん堀」本店の七味唐辛子。浅草へ行ったら、私は必ずここに立ち寄って好みの辛さを調合してもらうことにしている。また、お向かいの「河村屋」の玉ネギのたまり漬けなどは珍しくて、おいしさもこたえられない。浅草でひとりちびりちびりやる昼酒……おっと、横道へ入りこんでしまいそう……。誠の句に「永代の橋の長さや夏祭」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます