ム子句

July 0572008

 紫陽花の浅黄のまゝの月夜かな

                           鈴木花蓑

黄色は、古くは「黄色の浅きを言へるなり」(『玉勝間』)ということだが、浅葱色とも書いて、薄い藍色を表すようになった。今が盛りの紫陽花の、あの水よりも水の色である滴る青は、生花の色というのが不思議な気さえしてくる。梅雨の晴れ間、月の光に紫陽花の毬が浮かんでいる。赤みがかった夏の月からとどく光が、ぼんやりと湿った庭全体を映し出して、山梔子の白ほどではないけれど、その青が闇に沈まずにいるのだろう。紫陽花と一緒になんとなく雨を待っている、しっとりとした夜である。初めてこの句を「ホトトギス雑詠撰集・夏の部」で読んだ時は、あさぎ、とひらがなになっていて、頭の中で、浅葱、と思ったのだったが、こうして、浅黄、となっていると、黄と月が微妙に呼び合って、ふとまだ色づく前の白っぽい色を薄い黄色と詠んだのかとも思った。が、じっと思い浮かべると、やはり紫陽花らしい青ではないかと思うのだった。代表句とされる〈大いなる春日の翼垂れてあり〉の句も印象深い。「新日本大歳時記・夏」(2000・講談社)所載。(今井肖子)


July 1272008

 干梅や家居にもある影法師

                           山本洋子

供の頃に住んでいた家には梅の木があり、毎年たくさんの実をつけた。縁側にずらりと梅の実が干されていたのは梅雨が明けてから、もうすぐ夏休みという、一年で一番わくわくする時期だったように思う。この句の梅は、外に筵を敷いて干されているのだろう。小さな梅の実にはひとつずつ、濃い影ができている。影は、庭の木に石に、ひとつずつじっと寄りそい、黒揚羽と一緒にやぶからしのあたりをひらひらしている。干している梅の実がなんとなく気にかかって、日差しの届いている縁側あたりまで出てくると、それまでひんやりとした座敷の薄暗がりの中でじっとしていた影法師が姿を見せる。影法師という表現は、人の影にだけ使われるという。寓話の世界では、二重人格を象徴するものとして描かれたりもするが、じっと佇んで影法師を見ていると、どこにでもついてくる自らの形を忠実に映している黒々としたそれが、自分では気がついていない心の奥底の何かのようにも思えてくる。『木の花』(1987)所収。(今井肖子)


July 1972008

 祗園会に羽化する少女まぎれゆく

                           津川絵理子

女が羽化する、という表現は特に目新しいものではないのかもしれないが、少女は羽化する生きものである。さなぎの沈黙の中で、日々大きく変わってゆく少女とは、十代半ば、中学生位だろうか。まだランドセルが似合いそうな新入生が、中学卒業の頃には確かに、明日から高校生、という面差しとなる。それから自分自身を、一人の人間としてだけでなく、一人の女として意識せざるを得なくなり、少女の羽化が始まる。それは、さなぎが蝶になる、といったイメージばかりではなく、たとえば鏡の中の自分の顔をあらためて見ながら、小さくため息をついたことなど思い出される。生まれながら無意識のうちに、自分が男であるという自覚を持っている男性に対して、女性は自分が女であることを、ある時ふと自覚する。そんな瞬間が来るか来ないかといった頃合の少女は、軽やかな下駄の音を残して、作者の横をすりぬけ、祭の賑わいの中へまぎれ消えてゆく。祇園会は、七月一日からさまざまな行事が約一ヶ月続き、十七日の山鉾巡行がクライマックスといわれる勇壮な祭。いつにも増して観光客が多い京都の夏、そこに生まれ育って女になってゆく少女達である。『和音』(2006)所収。(今井肖子)


July 2672008

 みちのくの蛍見し夜の深眠り

                           大木さつき

月も終わりに近づき、蛍の季節には少し遅いかもしれないけれど。子供の頃に住んでいた官舎の前の小さな川は、今思えばそれほど清流であったとも思えないのだが、毎夏当然のように蛍が飛んでいた。仕事帰りのほろ酔いの父が、橋の上で捕まえてきた蛍の、ほの白い光が指の隙間から洩れるのを、じっと見ていた記憶がある。ゆっくり点滅していたのであれは源氏蛍だったのか、この作者がみちのくの旅で出会った蛍は、星がまたたくように光る平家蛍かもしれない。昼間は青田風の渡る水田に、頃合いを見計らって蛍を見に。蛍の闇につつまれて小一時間も過ごして宿に戻り、どっと疲れて眠ってしまう。蛍そのものを詠んでいるわけではないけれど、深眠り、という言葉の奥に、果てしなく明滅する蛍が見えて来て、読むものそれぞれの遠い夏を、夢のように思い出させる。〈啄木のふるさと過ぎぬ花煙草〉という句もあり、このみちのくは岩手なのかとも。『一握の砂』に〈蛍狩り川にゆかむといふ我を山路にさそふ人にてありき〉という歌があるといい、これもまた、蛍にまつわる淡い思い出。『遙かな日々』(2007)所収。(今井肖子)


August 0282008

 涼しやとおもひ涼しとおもひけり

                           後藤夜半

し。暑い夏だからこそ、涼しさを感じることもまたひとしお、と歳時記にある。朝涼、夕涼、晩涼、夜涼から、風涼し、星涼し、灯涼し、鐘涼しなど、さまざまなものに、ひとときの涼しさを詠んだ句は多い。涼し、は、読むものにわかりやすく心地よい言葉であり、詠み手にとっても、使いやすく作りやすい。それにしてもこの句は、さまざまな小道具や場面設定がいっさい無い。暑さの中を来て木陰に入ったのか、あ、涼しい、とまず思う瞬間があり、それから深く息を吐きながら、やれやれ本当に涼しいな、と実感しているのだろう。その、短い時間の経過を、涼しや、と、涼し、で表現することで、そこに感じられるのはぎらぎらとした真夏であり、涼し、という季題の本質はそこにあるのかとも思えてくる。作られたのは昭和三十九年、東京オリンピックが開催された年の七月。炎天下、新幹線を始めさまざまな工事は最終段階、暑さと熱さでむせかえるような夏だったことだろう。『脚注シリーズ後藤夜半集』(1984)所収。(今井肖子)


August 0982008

 八月の月光部屋に原爆忌

                           大井雅人

爆忌は夏季だが、立秋を間に挟むので、広島忌(夏)長崎忌(秋)と区別する場合もある・・・というのを聞きながら、何をのん気なことを言っているんだろう、と思った記憶がある。もちろんそれは、何ら異論を挟むような問題ではないのだけれど。原爆投下、終戦、玉音放送から連想されるのはやりきれない夏だと母は言う、だから夾竹桃の花は嫌いだと。昭和二十年八月六日、愛媛県今治市に疎開していた母は、その瞬間戸外にいて、一瞬の閃光につつまれた。その光の記憶は、六十三年経った現在も鮮明であるという。その時十三歳であったと思われる作者に、どんな記憶が残っているのかはわからないけれど、輪郭が際立ち始めた八月の月の光と、原爆の、想像を絶する強烈な光は、かけ離れているようでどこか呼応する。八月という言葉の持つ重さが、その二つを結びつけているのだろうか。『新日本大歳時記』(2000・講談社)所載。(今井肖子)


August 1682008

 ぼろぼろな花野に雨の降りつづけ 

                           草間時彦

野というと、子供の頃夏休みの何日かを過ごした山中湖を思い出す。早朝、赤富士を見ようと眠い目をこすりながら窓を開けると、高原の朝の匂いが目の前に広がる花野から飛び込んで来た。それは草と土と朝露の匂いで、今でも夕立の後などに、それに近い匂いがすると懐かしい心持ちになる。花野は、自然に草花が群生したものなので、夏の間は草いきれに満ちているだろう。そこに少しずつ、秋の七草を始め、吾亦紅や野菊などが咲き、草色の中に、白、黄色、赤、紫と色が散らばって花野となってゆく。この句の花野は、那須野の広々とした花野であるという。そこに、ただただ雨が降っている。雨は、草の匂いとこまごまとした花の色を濃くしながら降り続き、止む気配もない。降りつづけ、の已然止めが、そんな高原の蕭々とした様を思わせ、ぼろぼろな、という措辞からするともう終わりかけている花野かもしれないが、その語感とは逆に逞しい千草をも感じさせる。同じ花野で〈花野より虻来る朝の目玉焼〉とあり、いずれもイメージに囚われない作者自身の花野である。『淡酒』(1971)所収。(今井肖子)


August 2382008

 別れとは手を挙げること鰯雲

                           原田青児

年の八月七日早朝、立秋の空にほんのひとかたまりの鰯雲を見た。朝焼けの秋立つ色に染まる鰯雲をしばらく見ていたのが午前五時過ぎ、小一時間の朝の一仕事を終えて再び見た時には消えていた。それから半月後の旅先。一面の稲田を青い稜線が取り囲む広い空に、すじ雲が走り、夏雲が残り、鰯雲が広がっていた。帰京してこの句を読み、その見飽きることのなかった空が思い出される。別れ際というと、会釈する、手を振る、握手する、見つめ合う、抱き合う等々、その時の心情や状況によってさまざまだろう。そんな中、手を挙げる、から連想されるのは、高々と挙げた手を思いきり左右に振って、全身で別れを惜しむ人の、だんだん遠ざかる姿だ。その手の先に広がる鰯雲の大きな景が、別れを爽やかなものに昇華させているのか、より深い惜別の思いとなってしみるのか、読み手に託されているようでもある。『日はまた昇る』(1999)所収。(今井肖子)


August 3082008

 うすうすとしかもさだかに天の川

                           清崎敏郎

のところ吟行中、五七、または七五、で終わってしまうことがある。その十二音は、すっと浮かびその時は生き生きしているが、取って付けたような上五、下五をつけることになると、すぐに色褪せて捨てることになってしまう。結局、あれこれ考えて、「しかも」まとまらない。接続詞としての「しかも」の場合、広辞苑によると、(1)なおそのうえに。(2)それでも、けれども。(1)の例文としては、「聡明でしかも美人」。(2)は、「注意され、しかも改めない」とある。今の話は(2)か。掲出句の場合、うすうす、と、さだか、は、それだけとりあげると逆の意味なのだが、感覚的には(1)と思う。星々のきらめきに比べるとぼんやりしている天の川の、確かな存在感。それが十二音でぴたりと表現されている。子供の頃、天の川の仄白い流れを見つめながら、この中でリアルタイムで生きている星がどの位あるのだろうと、よく思った。直径十万光年という途方もない大きさの銀河系の中で、ちっぽけでありながら、今ここに確かに存在している自分。あれこれ考えているうち、めまいがしてくるのだった。このところ不穏な驟雨に見舞われているが、日本列島は細長い。明日が新月の今宵、満天の星空とさだかな天の川を、きっとどこかで誰かが見上げることだろう。『脚注シリーズ 清崎敏郎集』(2007)所収。(今井肖子)


September 0692008

 鬼やんま湿原の水たたきけり

                           酒井 京

蛉捕りは夏休みの思い出だけれど、たまたま訪れた八月の校庭に赤とんぼが群れているのを見て、ああもう秋なんだ、ともの寂しくなった記憶がある。鬼やんまは、一直線に猛スピードで飛んでいて、捕虫網で捕ることなど到底無理だったが、窓から突然すごい勢いで家の中に飛び込んで来ることがあった。部屋の中でもその勢いは止まらず、壁にぶつからんばかりに飛び続けてはUターンする。祐森彌香の〈現世の音消してゐる鬼やんま〉という句を、先日人伝に聞き、飛ぶことにひたむきな鬼やんまの、何度か噛まれた鋭い歯と、驚くほどきれいな青い眼と縞々の胴体をまざまざと思い出した。掲出句の鬼やんまは、湿原にいる雌。水をたたくとは、産卵しているのだろう。残念ながら鬼やんまの産卵に遭遇したことはないのだが、水面と垂直にした胴体を、底に何度も音がするほど突き刺して一心に産卵するという。湿原の水たたきけり、は、そのひたむきさを目の当たりにしながら、さらに観て得た、静かな中に生命力を感じさせる表現である。『俳句歳時記 第四版 秋』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)


September 1392008

 日の丸を小さく掲げ島の秋

                           阪西敦子

るい句である。日の丸の赤と白、高い空と島を取り囲む海の青、そのコントラストは誰もが感じるだろう。島、というから、そう大きくはない集落。そこにはためく日の丸を、小さく掲げ、としたことで、広がる景は晴々と大きいものになった。日の丸はどこに掲げられてあり、作者の視点がどこにあるのだろう、といったことを考えて読むより、ぱっと見える気持ちのよい秋晴れの島を感じたい。実際は、この句が詠まれた吟行会は、神奈川県の江の島で行われたのであり、日の丸の小旗は、入り江の漁船に掲げられていたのだった。しかし、それとは違う日の丸を思い浮かべたとしても、作者がとらえた晴々とした島の秋は、読み手に十分感じられることだろう。同じ風が吹いているその時に、もっとも生き生きとする吟行句とは一味違って、色褪せない一句と思う。「花鳥諷詠」(2008・七月号)所載。(今井肖子)


September 2092008

 馬鈴薯の顔で馬鈴薯堀り通す

                           永田耕衣

本では、縄文時代からあったという里芋に比べると、歴史の浅い馬鈴薯(じゃがいも)だが、今や最もポピュラーな「いも」といえるのではないだろうか。馬鈴薯といえば北海道、原産地といわれるアンデス地方に気候が似ているのだというが、そういえば、インカの目覚め、とか、アンデスレッド、などという品種を見かけることがある。今ちょうど家にあった男爵を手にとってみる。産地は夕張、ごつごつとして、指に大地の乾いた土が付く。その馬鈴薯を掘り通す、しかも馬鈴薯の顔で。一途で力強い表現に惹かれながら、開拓民がジャガイモのすいとんを食べる、という話を何かで読んだことを思い出す。現在の北海道の豊かな実りにたどり着くまでの開拓者の苦労は、推して知るべしだろう。そう思うと、馬鈴薯というひとつの自然の産物の持つ力によって、この句から、人間の生き抜く力がいくばくかの悲しみを伴って迫ってくる。馬鈴薯の句、人間の句。『俳句歳時記 第四版 秋』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)


September 2792008

 ページ繰るとき長き夜の新しく

                           蔦 三郎

もしろい本を夢中で読んでいる時思わず、どの位まで読んだんだろうと、残っているページの厚さを確かめてしまうのは、子供の頃からの癖だ。引きこまれるように読みながら、残りが半分を切っていると、このわくわくした楽しい時間がもうすぐ終わってしまう、と残念な気分になりながら、それでも早く先が読みたいし、小さいジレンマに陥るのだ。「長き夜」(夜長)は、暦どおり実際に夜が短い夏の「短夜」に対して、春の「日永」同様心情的な言葉だが、確かにこのところ、暗くなるのがめっきり早くなった気がする。過ごしやすくなり寝苦しいこともなくなってくると、かえって目が冴えてしまうものだ。この句の作者もそうなのだろう、かすかな虫の声につつまれながら、読書に耽る幸せな夜を過ごしている。本を読むことでしか得ることのできない、自分だけの空想の世界が、新しく、の一語でどこまでも広がってゆくようだ。『薔薇』(2007)所収。(今井肖子)


October 04102008

 人形焼ころころ生まる秋日和

                           石原芳夫

田原駅前にあったデパートの地下のガラス張りの一角。人形焼きが次々に焼き上がっていくのを、おそらくぽかんと口を開けて飽きずに見ていた。脈絡も理由もなく、断片的に記憶されている場面の一つ。薄暗い蛍光灯の光の中で続く単純作業に、なぜか見入ってしまうのだった。この句は九月二十四日、吟行句会で出会った一句。吟行場所は浅草だったので、仲見世の人形焼き屋である。この日は朝からよく晴れ少し暑いくらいの一日で、色濃い秋日が浅草の賑やかな風景と混ざり合った、まさに秋日和だった。吟行は、行ばかりになって、吟がおろそかになってはいけない、と言われる。歩いていてもできません、立ち止まってともかく観よ、空を見上げて、それから足元を観よ、とも。それはなにも、眉間に皺を寄せて難しいことを考えよというわけではないだろうけれど、それにしてもついうろうろきょろきょろ。何気なく立ち止まった人形焼き屋の店先で、こんなふうに、軽やかでくっきりした吟行句が生まれることもあるんだなあ、と。(今井肖子)


October 11102008

 カンガルー横座りして小鳥来る

                           永沢達明

の通勤途中に仰ぐ空が、日々高くなってきた。そしてどこからともなく降ってくる小鳥の声。それは秋日のように、次々と青空からこぼれ、花水木の小さい赤い実をゆらしている。小鳥来る、主語述語、と具体的でありながら、秋という季節の持つ明るい一面を軽やかに象徴する季節の言葉だ。そこにカンガルー。以前見た横座りしているカンガルーは、肩と肘(?)のあたりや伸びた後ろ脚が、思わずまじまじと見入ってしまうほど人間ぽく、いきなり話しかけられても普通に会話できそうだったのを思い出す。そんな、ふっと笑ってしまうようなカンガルーのはっきりとした姿と、小鳥来る、の持つきらきら感が出会って、一句に不思議なおもしろさと、自由でのびのびとした表情を与えている。明日から、小鳥の声を聞くたびに、カンガルーを思い浮かべてしまいそうな、インパクトの強い句である。『彩 円虹例句集』(2008・円虹発行所)所載。(今井肖子)


October 18102008

 風葬の山脈遠く秋耕す

                           目貫るり子

作の畑に種を撒くことや、稲刈りを終えた田の土を起こすことを秋耕という。春の「耕し」に比べて、気持ちはややゆったりとして、ときおり仰ぐ空は青く高い。くっきりとした稜線を見せながら、仄かに色づきつつある山。そのまた先の見知らぬ山々と、どこまでも続く澄んだ空に、風葬、の一語が風となって渡ってゆく。空葬ともよばれる風葬は、山奥の洞窟や高い木の上、海に向かった断崖などを選んで行われたという。晒される、と考えると、その語感とはうらはらな印象もあるが、この句の風葬の山のその先には、海が広がり遙かな水平線が見える。澄んだ青空から山そして海へ、風と共に彷徨うように運ばれた視線。それを、秋耕す、の下五が、足元の大地へひきもどす。耕すことは生きることであり、遠近の対比は、生と死の対比でもあるのだろう。『彩 円虹例句集』(2008・円虹発行所)所載。(今井肖子)


October 25102008

 天高く高層ビルの檻にゐる

                           伊藤実那

い粒子の、ひとつぶひとつぶが見えるような秋晴れの空。そこに突き出している高層ビルの中に作者はいるのだろうか。天高し、ならそんな気がするが、天高く、といわれると、ビルの外から、ビルを見ているようにも思える。檻は、その存在に気づいた時に檻になる。ビルの中で、浮遊しつつ立ち歩いている人々のほとんどは、檻の中に居るとは思っていないだろう。檻の中に居ることは、不自由といえば不自由、安全といえば安全。閉じ込められていると感じるか、守られていると感じるか、ともかくその外へ出たいか、そこを檻の中と気づくこともないまま過ごしてゆくか。作者自身は、空と自分を隔てる一枚のガラスを突き破って飛びたい、と願っているのかもしれない。この句は、「花いばら」と題された三十句の連作のうちの一句。〈花いばら産んでもらつても困る〉で始まる数々の句からは、自分らしさを自分で打破しながら、高きに登ろうとする志が感じられる。俳誌「河」(2008年七月号)所載。(今井肖子)


November 01112008

 卓拭いて夜を切り上げるそぞろ寒

                           岡本 眸

年の秋の印象は、月が美しかったことと、昨年に比べて秋が長い、ということ。そして、日中はいつまでも蒸すなあ、と思っているうちに、朝晩ぐっと冷えてきた。やや寒、うそ寒、そぞろ寒など、秋の冷えの微妙な表現。秋冷、冷やか、を過ぎて、どれも同じ程度の寒さというが、語感と心情で使い分けるようだ。うそ寒の、うそ、は、薄(うす)、が転じたものだが、語感からなのか、なんだか落ち着かない心情がうかがえ、そぞろ寒、は、漫ろ寒、であり、なんとなく寒い感じ。この、なんとなく、が、曖昧なようで妙な実感をともなう。秋の夜、いつの間にか虫も鳴かなくなったね、などと言いながらつい晩酌も長くなる。さてそろそろ、と、食器を片付け食卓をすみずみまで拭く。きびきびとしたその手の動き、拭き終わった時にもれる小さいため息。今日から十一月、と思っただけで、やけに冬が近づいた気のする今夜あたり、こんなそぞろ寒を実感しそうだ。『新日本大歳時記 秋』(1999・講談社)所載。(今井肖子)


November 08112008

 二の酉の風の匂ひと思ひけり

                           佐藤若菜

年一の酉は、朝のテレビのニュースにもなる、今年は十一月五日。二の酉が十七日、三の酉まであって二十九日、そして一の酉と二の酉の間に立冬。風がかおるといえば、緑の頃のすがすがしさをいう薫風だが、この句は二の酉の頃の風、冬を実感し始める風だ。冬の匂いというと、子供の頃使っていた、ブルーフレームという石油ストーブの匂いを思い出す。今はストーブは使っていないが、少し前まで近所にあったラーメン屋の前を通ると、真夏でもなぜか灯油の匂いがして、炎天下汗をふきながら、そのたびにふと冬を思い出した。匂いの記憶というのも人それぞれだろうなと思いながら句集を読んでいたら〈三月の森の匂ひをまとひ来し〉。二の酉の風の匂ひ、三月の森の匂ひ。その具体的な叙し方が、匂いの記憶を呼び起こし、読み手の中に季感をもたらしてゆく。『鳥のくる日』(2001)所収。(今井肖子)


November 15112008

 鷹去りていよいよ鴨の小春かな

                           坊城俊樹

本伝統俳句協会が作っているカレンダーがあるのだが、我が家ではこれをトイレにかけている。協会員の入選句やインターネット句会の方の作品の他、虚子他の色紙や短冊がカラー印刷されているのをトイレに、というのも気が引けるが、毎日つぶさにゆっくり読めるので私には最適なのだ。掲出句は、十一月のページに載っていて、十月分をぺりっと破いた瞬間、短冊の文字が目に飛び込んできた。小春か、いい言葉だな、と思ってあらためて読むと、鷹、鴨、と合わせて季題が三つ。いずれも弱い季題ではないのにもかかわらず、うまく助け合って、きらきらとした小春の句となっている。景は鴨の池だろう、もしこれが、鴨に焦点を当てて、鷹去りていよいよ鴨の日和かな、などとしてしまうと、鷹と鴨が対立しておもしろみがなくなってしまう。あえて、小春かな、と、大きくつかんだことで、三つの季題が助け合い、まことに小春という一句になった。なるほど、と毎日拝見している。(今井肖子)


November 22112008

 汲みたての水ほのめくや冬桜

                           三橋迪子

開という言葉はあまり似合わない冬桜だが、ご近所のそれは日に日に花を増やして咲き続けている。最初の一輪を見てからもうずいぶん経つが、立ち止まって眺めている人はほとんどいない。白く小さい花は花期の長さも梅に似ているが、まさに〈冬桜野の梅よりも疎なりけり 沢木欣一〉の風情だ。掲出句の背景はそんな冬桜のある庭。ほのめく、という、淡さを思わせる言葉によって、冬桜の静かなたたずまいが思われる。そう感じてから、あらためて、ほのめくの主語は何かな、と考えると、やはり水か。水がほのめく、とはどんな様子なのか。おそらくこの水は、水道からバケツに汲まれたのではなく、井戸から手桶へ汲み上げられたのだろう。寒いと、汲みたての井戸水にはわずかにぬくもりが感じられる。外気が冷たければ、はっきりとではないが、なにかゆらゆらとたちのぼるようにも思われる。そんな水の質感が、ほのめく、で表現されているのだろう。ほのめく、には、ほのかに見える、の他に、ほのかに匂う、の意味もあるというが、この場合は前者と思う。本棚でふと目にとまった濃淡の茶に白のラインが、紙本来の美しさと、なんとなく冬を感じさせる装丁の「俳句歳時記(藤原たかを編)」(2000・ふらんす堂)所載。(今井肖子)


November 29112008

 近々と山のまなざし冬ごもり

                           手塚美佐

日「水と俳句」という宇多喜代子氏の講演を拝聴する機会があったのだが、その中で氏は、「祖母はいつも、山は水のかたまりだ、と言っていた」と話された。不動の山に息づいている水の鼓動。雪に覆われていても、すっかり枯れ山となっていても、冬の山は、ただ眠っているわけではないのだと、あらためて気づかされた。掲出句の作者は、冬日のあたる縁側にいるのだろうか。山そのものが間近にあるわけではなく、じっと見ているうちに、山と共に暮らしているということを、山の存在を感じた、というのだろう。まなざし、の語に、命の源としての山を敬う心持ちが感じられる。この句は、『筆墨 俳句歳時記 冬・新年』(2002・村上護編著)より。この歳時記には、多くの作者自筆の色紙や短冊が掲載されている。掲出句の色紙は、中央に、山のまなざし、が高く置かれて語りかけてくる。作者の個性が強調され興味深い。(今井肖子)


December 06122008

 原人の顔並びをり夕焚火

                           小島 健

い時、温かいものはありがたい。たとえばお風呂、湯船に首までつかると心身共にくつろぐ。でも、お風呂が心地よいのは温かいからだけではない、浮力が大きい要素なのだと思う。体が軽く感じられることが、心地よさを増している。そして焚火。街中ではもうできないが、ともかく焚火をしていると自然に人が集まってきたものだ。もちろん温かいからなのだが、これもそれだけではない。炎には人を惹きつける何かがあるからだろう。ものが燃えるさまには、つい見入ってしまう。焚火を囲んで、不規則にゆらめく炎に照らされた顔は、みなじっとその炎を見つめている。まったく違った顔でありながら、炎を見つめるどこか憑かれたような表情には、初めて火を自ら作り出した原始の血の片鱗が、等しく見えているのだろう。そして変わらず地球は回り続けて、短い冬の夕暮が終わる。『蛍光』(2008)所収。(今井肖子)


December 13122008

 冬と云ふ口笛を吹くやうにフユ

                           川崎展宏

、言われて、フユ、と云ってみる。ほんとうに口笛を吹くように口が少し尖って、何度も繰り返すと、ヒュウ、と音もする。ハル、ナツ、アキ、とついでに声に出してみると、いずれも二音がはっきりとしていて、くり返してもただただ続くだけだ。ヒュウ、は口笛と同時に、風の音も連想させる。北風はピープー吹くけれど、ヒュウ、は隙間風や、落ち葉を舞い上がらせる一陣の風を思わせる。云う、の方が、言う、より、口ごもるニュアンスらしい。はっきり意味を伝えようとしているわけではなく、ふとつぶやいている感じ。少し悴んだ両手をこすり合わせながら、フユ、とぽつりと言葉にした時、それはため息のように小さい白い息となって、かちんかちんの空気を一瞬見せて消えてしまうだろう。ほらね、という作者の微笑んだ顔が見えるようであたたかい。『俳句歳時記 第四版・冬』(2007・角川学芸出版)所載。(今井肖子)


December 20122008

 駅の鏡明るし冬の旅うつす

                           桂 信子

の鏡にうつっているのは、一面の雪景色なのだろうか。いずれにしてもよく晴れている。そんな風景を背にして、着ぶくれて、頬がちょっと赤くて、白い息を吐きながらも、どこかわくわくしている旅人の顔。非日常の風景の中の自分を、現実の自分が見つめている。冬の旅という言葉を、ありきたりな旅情と結びつけるのではなく、冬の旅うつす、としたことがひとつの発見。出典から見て、昭和三十年より前に作られた句である。こんなさりげない句にも、この作者の自由な詩心が感じられる。さほど大きくはないこの駅で降り立った作者は、ずっと握りしめていた旅の証である切符を駅員に渡して、見知らぬ街へ歩き出したことだろう。なんだか懐かしい、小さくて少し硬めの切符だ。〈それぞれの切符の数字冬銀河〉(坂石佳音)切符に刻まれた数字の数だけ旅人がいて、それぞれの夜空を仰ぐ。『図説俳句大歳時記 冬』(1965・角川書店)所載。(今井肖子)


December 27122008

 カレンダーふはりと揺れし湯気立てて

                           栗林眞知子

題は湯気立(ゆげたて)。ストーブや火鉢の上に、やかんや鉄瓶など水を入れた容器をおいて、湯気を立てて湿度を保つ。いわゆる加湿器の役目をするわけだが、それだけでなく、そのお湯でお茶をいれたりもした。エアコン生活となってしまった現在の我が家にはない光景だけれど、昔はその湯気で母が、ほどいて編み直す毛糸を伸ばしていたことなど思い出す。十二月、ストーブの上の大きいやかんの口から勢いよく出てきた湯気に、最後の一枚となったカレンダーがふわりと動いた、というのである。揺れし、は過去、厳密に過去回想だと考えると、そんなこともあったなあ、ということだろうか。終わろうとしている一年に馳せる思いと、遠くなってゆく昭和に馳せる思いが重なっている。今年最後の土曜日は朔にて月も見えませんが、みなさまよいお年を。俳誌「花鳥」(2007年3月号)所載。(今井肖子)




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