リ赫句

August 1882008

 喪服着てガム噛みゐたり秋の昼

                           星川木葛子

儀に出かけるために、喪服に着替えた。しかし、家を出るにはまだ少し時間がある。煙草を喫う人ならばここで一服となるところだろうが、作者はガムを噛んで時間をつぶすことにした。煙草でもガムでも、こういうときのそれは、べつに味を求めて口にするわけではない。ただ漫然と時間をつぶす気持ちになれなくて、何かしていなければ気がすまない状態にある。そしてたまたま手近にあったガムを噛んだのだが、噛めば噛んだで、口中の単純な反復行為は、噛んでいないときよりも、故人のあれこれを思い出す引き金のようになる。まあ、一種の集中力が口中から精神にのりうつってくるというわけだ。いっそうの喪失感が湧き上がってくる。その意味で、喪服とガムはミスマッチのようでいて、そうではないのである。煙草を喫うよりも、噛みしめる行為が伴うので、余計に心には響くものがある。時はしかも秋の昼だ。外光はあくまでも明るく、空気は澄んでいる。人が死んだなんて、嘘のようである。葬儀に向かう心情を、あくまでも平凡で具体的な行為に託しながら捉えてみせた佳句と言えよう。おそらくは誰だって、比喩的に言えば、ガムを噛んでからおもむろに葬式に臨むのである。『現代俳句歳時記・秋』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)


October 23102015

 鵯鳴いて時間できざむ朝始まる

                           星川木葛子

ーよぴーよと騒々しい声が聞こえる季節になった。鵯(ヒヨドリ・ヒヨ)である。山から人里近くの雑木林に群れをなし現れ、それぞれが庭などに散って、南天・ヤツデ・青木などの色の実を啄む。山茶花や椿の花蜜も吸う。地上に下りることはほとんどなく、ピーヨ、ピーヨとやかましく鳴く。主婦の朝は早い。家族の食卓を整え会社や学校に送り出す作業はそれこそ秒刻み。甲高い鵯の声が聞こえ、その主婦の朝が始まる。とんとんとんと包丁が野菜を刻む。『合本・俳句歳時記(新版)』(1990角川書店)所載。(藤嶋 務)




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