September 012008
一塁後方十三米芋嵐
今坂柳二
さきごろの「朝日新聞」に「詩歌はスポーツに冷淡だ」という趣旨のコラムを書いたら、揚句の作者が四冊の句集を送ってくださった。全ての句の素材は、作者が打ち込んできたマラソンとソフトボールに関連している。冷淡どころか、実に熱いスポーツ句集だ。しかも作者がはじめてソフトボールの球を握ったのは五十五歳のときだったというから、おどろかされる。やりたくても、家業の農業が忙しく、その年齢まで待たねばならなかったのである。七十八歳のいまも現役だ。さて、揚句。いかにソフトといえども、一塁後方が十三米とはあまりにも狭すぎる。ソフトのホームベースと投手間の正式な距離が14.02米と知れば、なおさらその狭さがおわかりだろう。しかも狭いライトのすぐ後ろは里芋畑だ。風の強い日で、芋の大きい葉がばたばたと煽られている。句からだけでは作者の立ち位置はわからないけれど、その芋畑は農業者の作者には絶対の聖域である。そのなかにボールが転々としても、興奮して飛び込み踏み荒らすことは絶対に許されない。打者ならば間違ってそちらに深く飛んでほしくはないだろうし、守備者ならば飛ぶなと願う。でも、飛ぶ球はそれこそ風まかせだ。不気味に風が強まるたびに、作者の心はおだやかではなくなっている。そんな思いまでして、なぜソフトに打ち込むのか。そのような質問を単なる愚問としてしりぞけるのが、スポーツの魔力というものだろう。今年も芋嵐の季節がやってきた。『白球論』(2000)所収。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|