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October 16102008

 硝子器に風は充ちてよこの国に死なむ

                           大本義幸

識はなくとも篤実な人柄を感じさせる俳人がいる。この作者の俳句を読むとしみじみと懐かしさがこみあげてくる。「熱き尿放つ京浜工業地帯の夜の農奴よ」「旗を灯に変えるすべなし汗の蒲団」など時代のやるせなさを詠じた句も多いが、重苦しい現実との闘いを経ても作者の心はへし折れることはない。「朝顔にありがとうを云う朝であった。」抒情溢れる句が生み出す優しい強さに力づけられる。掲句について大井恒行は解説で「ついに風が充ちないことを知りながら、なお、充ちてよと願わざるを得ないのである。」と書き綴っている。「硝子器」とは現実に息詰まりそうになる自分自身であろうが、その内側にある精神はすがすがしい風に充たされ、解き放たれることを乞わずにはいられない。純粋なものへの憧れを抱き続ける心がこの国の情けない姿に悲嘆しつつも、「この国に死なむ」とすべてを受け入れようとしているのだろう。苦しみの底にこそ軽やかな精神が存在する。作者がたどってきた複雑な人生の色合いが俳句に織りなされた一冊だと思う。『硝子器に春の影みち』(2008)所収。(三宅やよい)




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