校正の真っ最中というのに風邪を引いてしまった。念力で治すしかないか。(哲




2008ソスN11ソスソス13ソスソスソスソス句(前日までの二句を含む)

November 13112008

 正午すでに暮色の都浮寝鳥

                           田中裕明

京の夕暮れは早い。この地にずっと住んでいる人には違和感のあるセリフかもしれないが、鹿児島、山口、大阪、と移り住んできた身には4時を過ぎればたちまち日が落ちてしまう東のあっけない暮れ方は何ともさびしい。体感だけでなく、この時期の日の入りを調べてみると、東京は16時38分、大阪は16時57分、鹿児島は17時22分と40分以上の差がある。この都では3時を過ぎればもう日が傾きはじめる。関西に住み馴れた作者にとっても、たまに訪れる東京の日暮れの早さがとりわけさみしく思えたのかもしれない。この俳人の鋭い感受性は、太陽が天辺にある華やかな都会の真昼にはや夕暮れの気配を感じとっている。その物悲しい心持ちがおのが首をふところに差し入れ、波に漂いながら眠る水鳥に託されているようだ。すべてがはぎとられてゆく冬は自然の実相がこころにせまってくるし、自分の内側にある不安をのぞきこむ気分になる。この句を読んで、頼りなく感じていた日暮れの早さが、自分の人生の残り時間を映し出しているような、心持になってしまった。『夜の客人』(2005)所収。(三宅やよい)


November 12112008

 冬隣裸の柿のをかしさよ

                           坪内逍遥

は急ぎあしで深まり、もう冬はすぐそこ。葉っぱもほとんど落ち尽くした木に、まだ残っている柿の実の姿であろう。色も変わってしまって今にも落ちそうである。柿の実は当然裸であるわけだが、この場合、あえて「裸」と言いたいくらいに寒々とした眺めなのである。たまたまとり残されrた柿は、特に落ちたいわけでも残りたいわけでもなかろうが、どこやら未練たっぷり枝にしがみついているようで、なるほど、可笑しいと言えば可笑しい裸んぼの風情である。およそ明治の文豪らしからぬ着眼が、可笑しく感じられる。ここで「あはれ」や「さびしさ」と表現してしまったのでは月並俳句になってしまう。「をかしさよ」はさすがである。逍遥は六十歳を過ぎてから短歌とともに、俳句を始めたのだという。したがってなまなましい野心もなく、折にふれての感懐を詠んだ句が多い。俳句は眦(まなじり)を決するというよりも、それでいいのだ、とも言える。逍遥には「そそり立つ裸の柿や冬の月」という句もある。「そそり立つ」と、柿の孤高を映した表現がいかにも可笑しい。逍遥は「裸の柿」に寒々とした可笑しさと同時に、愛しさも感じていたのではあるまいか。『歌・俳集』(1955)所収。(八木忠栄)


November 11112008

 胎児いま魚の時代冬の月

                           山田真砂年

児は十ヵ月を過ごす母胎のなかで、最初は魚類を思わせる顔から、両生類、爬虫類を経て、徐々に人間らしい面差しを持つようになるという。これは系統発生を繰り返すという生物学の仮説によるものであり、掲句の「魚の時代」とはまさに生命の初期段階を指す。母なる人の身体にも、まだそう大きな変化はなく、ただ漠然と人間が人間を、それも水中に浮かぶ小さな人間を含んでいる、という不思議な思いを持って眺めているのだろう。おそらくまだ愛情とは別の冷静な視線である。立冬を迎えると、月は一気に冷たく締まった輪郭を持つようになる。秋とははっきりと違う空気が、この釈然としない胎児への思いとともに、これから変化するあらゆるものへの覚悟にも重ってくる。無条件に愛情を持って接する母性とはまったく違う父性の感情を、ここに見ることができる。〈秋闌けて人間丸くなるほかなし〉〈虎落笛あとかたもなきナフタリン〉『海鞘食うて』(2008)所収。(土肥あき子)




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