February 0822009

 手袋は手のかたちゆゑ置き忘る

                           猪村直樹

の上ではもう春です。それはわかっているのですが、依然として風は冷たく、もう少し冬に、はみ出してもらっていてもよいでしょうか。今日の句の季語は「手袋」、まだ冬です。この句を読んで印象に残ったのは、脱いだそのままの手袋が、手の形のすがたで、テーブルの上に置いてあるという視覚的なものでした。手はまだ冷たく、かじかんでいるがゆえに、脱いだ手袋をすぐにたたむことが出来なかったのでしょう。あるいは、家に帰ったら、ただならぬ出来事がおきあがっていて、手袋などにかまっていられなかったのかもしれません。いったい、脱ぎ捨てられた手袋の形は、どんなふうだったのでしょうか。何かを掴まえようとするかのように、虚空へ差し伸べられていたのでしょうか。あるいはテーブルにうつむいて、疲れをとっている姿だったのでしょうか。さきほどまで、びっしりと人の手が入っていたところには、今は冬のつめたい空気が流れ込んでいます。ところで、読んでいてひどく気になったのが「ゆゑ」の一語でした。朝の通勤電車の中で、僕はこの「ゆゑ」の意味するところをずっと考えていたのですが、どうにもすっきりとした解釈には至りませんでした。自分の手なら、どこかに置き忘れることもたまにはあると、言っているのでしょうか。『俳句鑑賞450番勝負』(2007・文芸春秋)所載。(松下育男)




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