March 232009
コノハナサクヤ三合の米を研ぐ
中居由美
今年も桜の季節になった。「コノハナサクヤ」は『古事記』に出てくるコノハナサクヤヒメにかけてある。ただし、うっすらと……。ヒメはその美しさを望まれて天皇の后となった女性だが、一夜にして身ごもったことから、他の男の子供だろうと天皇に疑われる。そこでヒメはおのれの潔白を証明すべく、産屋に火を放って出産する。もしも天皇の子でないとしたら、無事にはすまないはずだというわけだ。そうして無事に産まれた子は三人だった。作者は桜が咲きはじめたことから、なんとなく「コノハナサクヤ(木の花咲くや)」と呟いたのだろう。で、いまやっている仕事が米を研ぐという典型的な庶民のそれであることに、大昔のヒメとの生活感の落差を感じて、ひとり可笑しいような少し情けないような思いがちらりと頭を掠めたのである。しかも「三」は三でも、米が三合。実はコノハナサクヤヒメは姉とともに嫁いだのだが、姉は醜かったので直ちに帰されてしまった。そんな後ろめたさを背負ってもいたので、彼女の人生は必ずしも明るかったとは言えない。そんなことも想起されて、作者は自分のドラマチックでもなく激情的でもない人生や生活のありようを、むしろ好ましく感じているのでもある。ほろ苦いユーモアの効いた佳句だ。『白鳥クラブ』(2009)所載。(清水哲男)
October 152009
水栽培したくなるよな小鳥来る
中居由美
連休3日間はからっとして気持ちのよい晴天が続いた。玉川上水に沿って歩くと林の奥から様々な小鳥の鳴き声が聞こえてくる。「小鳥」と言えば大陸から渡ってくる鳥ばかりでなく、山地から平地へ移ってくる鳥も含むらしい。鶸、連雀、セキレイ、ツグミ、ジョウビタキなど、小鳥たちの種類もぐっと多彩になるのが今の季節だろう。北九州に住んでいたときは季節によって見かける小鳥の種類が変わったことがはっきりわかったけど、東京に来てからは武蔵野のはずれに行かなければなかなか小鳥たちにお目にかかれない。水のように澄み切った秋空を渡ってくる彼らを「水栽培したくなるよな」と歌うような調子で迎え入れている作者の心持ちが素敵だ。「小鳥来る驚くほどの青空を」という中田剛の句があるが、この句同様、真っ青な秋空をはずむようにやってくる小鳥たちへの愛情あふれる挨拶という点では共通しているだろう。『白鳥クラブ』(2009)所収。(三宅やよい)
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