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October 28102009

 月の出を待つえりもとをかき合せ

                           森田たま

の出を待つなどという風情も時間も、現実にはほとんど失われてしまったのかもしれない。いや、それでも俳人のあいだでは、月の出を待って競作しようとか、酒を楽しもうという情趣が残されているのかもしれない。えりもとをかき合わせる仕草も、舞台や高座ではしっかり生きている。今月初めにたまたま北欧のある町を歩いていて、街路から遠くにぽっかり浮かんでいる満月に気がついてビックリ。何の不思議もないわけだが、妙にうれしく感じられる月だった。思わずカメラを向けたのだが、他にその月に気づいている人はいないようだった。掲出句の御仁は、どんな状況で月の出を待っているのだろうか。えりもとを思わずかき合わせたのは、おそらくちょいとした緊張と寒さのせいだったものと思われる。それがどんな状況であれ、いかにもシックな女性らしい仕草ではないか。ふと気づいた月の出ではなく、月の出を今か今かと待っているのであり、出を待たれている月があるという、かすかで濃い時間がそこに刻まれている。えりもとをかき合わせるという仕草によって、さりげないお色気もここには漂っている。たまは多くの俳句を残しているが、月を詠んだ句に「はろばろと空の広さよ今日の月」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


May 2352012

 袷着て素足つめたき廊下かな

                           森田たま

(あはせ)は冬の綿入れと単衣のあいだの時季に着るもので、もともとは綿入れの綿を抜いたものだったという。夏がめぐってきたから袷を着る。気分は一新するにちがいない。もちろんもう足袋も鬱陶しい時季だから、廊下の板の上を素足でじかにひたひた歩く、そのさわやかな清涼感が伝わってくる。人の身も心もより活動的になる初夏である。足袋や靴下を脱いで素足で廊下を歩き、あるいは下駄をはく気持ち良さは、今さら言うまでもない。人間の素肌がもつ感覚にはすばらしいものがある。ところで、森田たまを知る人は今や少なくなっているだろうが、『もめん随筆』『きもの随筆』『きもの歳時記』などで知られた人の句として、掲句はなるほどいかにもと納得できる。ひところ参議院議員もつとめ、1970年に75歳で亡くなった。「いささかのかびの匂ひや秋袷」という細やかな句もある。また三橋鷹女には「袷着て照る日はかなし曇る日も」がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)




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