食べてはいけません。犬用のおせち料理です。世も末ですなもし。(哲




2010蟷エ1譛2譌・縺ョ句(前日までの二句を含む)

January 0212010

 ラグビーの審判小さく小さく立つ

                           相沢文子

日、大学ラグビーの準決勝が国立競技場で行われる。このところずっと、2日は家のテレビで箱根駅伝をぬくぬく見るのが定番になってしまったが、学生の頃はお正月といえばラグビー、競技場へもよく足を運んだ。今年は残念ながら負けてしまったけれど、当時早稲田が強かった。思えば三十年ほど前の話で細かい記憶はほとんどないが、華麗なバックスへの展開は素人目にも鮮やかで、中でもほれぼれする加速力を持った左ウイングの藤原選手は印象深い。掲出句の場合ゴールキック直後、幅5.6mのゴールポストの間をボールが通過した瞬間、グランドのほぼ中央で天に向かってさっと旗をあげる審判の姿が見える。応援も鳴り物なし、生身の体と体で黙々と勝負するラグビー。間近で見ると選手の体から湯気が立ち迫力あるが、この句は審判に焦点を当てて大きい競技場での観戦の感じをとらえ、冬の空気を感じさせる。ホイッスルが冴え冴えとした空に響く。「花鳥諷詠」十一月号(2009)所載。(今井肖子)


January 0112010

 夜番の柝ひとの年譜の三十路の頃

                           田川飛旅子

旅子はひりょしと読む。ひとの年譜を見ていた。ふうん、この人、三十代の頃はこんなことしてたんだ、と思っていたら、カチカチと火の用心の柝の音がした。テーマは「時間」、あるいは「時間の過ぎる速さ」だろう。そういえば俺は三十代の頃何をしてたかなと読者は考える。僕の場合は、もう三十になってしまったという焦りが先に立ったのを憶えている。もうすぐ還暦を迎えようとしている身からすると可笑しな気がするが、十年も経ったら、(生きていたら)今を振り返ってあの頃は若かったと思うんだろうな。田川さんには「桐咲くやあつと言ふ間の晩年なり」「祝辞みな未来のことや植樹祭」「クリスマス自由に死ねと定年来」など、時間というものの残酷さやかけがえのなさを感じさせる秀句が多い。定年になったら暇になって楽ができると思っていたら、こんなに忙しいとは思わなかったとエッセーに書いておられた。その田川さんが85歳で亡くなられてもう十年が過ぎた。『花文字』(1955)所収。(今井 聖)


December 31122009

 人類に空爆のある雑煮かな

                           関 悦史

ーザン・ソンタグの「他者の苦痛へのまなざし」(みすず書房)に次のような記述がある。「戦争や殺人の政治学にとりまかれている人々に同情するかわりに、彼らの苦しみが存在するその同じ地図の上にわれわれの特権が存在し、或る人々の富が他の人々の貧困を意味しているように、われわれの特権が彼らの苦しみに連関しているのかもしれない一われわれが想像したくないような仕方で―という洞察こそが課題であり、心をかき乱す苦痛の映像はそのための導火線にすぎない。」人類はどこに向かおうとしているのか。テレビの空爆の映像を雑煮を食べながら見ている私たちの日常。距離的にも実感も遠いその感覚を俳句で表現するのは難しいが、年神に供えるめでたい雑煮が空爆と並べられることでうっそりとした不安の影をつくる。間尺に合わない言葉に触発されて今まで意識もしなかった「雑煮」の字面に荒んだ風景が滲む。パレスチナ、ガザ地区への空爆で始まり、政権交代、デフレ、貧困、に揺れた2009年も今夜で終わり、明日からは新しい年がはじまる。「新撰21」(2009)所載。(三宅やよい)




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