ム子句

January 0212010

 ラグビーの審判小さく小さく立つ

                           相沢文子

日、大学ラグビーの準決勝が国立競技場で行われる。このところずっと、2日は家のテレビで箱根駅伝をぬくぬく見るのが定番になってしまったが、学生の頃はお正月といえばラグビー、競技場へもよく足を運んだ。今年は残念ながら負けてしまったけれど、当時早稲田が強かった。思えば三十年ほど前の話で細かい記憶はほとんどないが、華麗なバックスへの展開は素人目にも鮮やかで、中でもほれぼれする加速力を持った左ウイングの藤原選手は印象深い。掲出句の場合ゴールキック直後、幅5.6mのゴールポストの間をボールが通過した瞬間、グランドのほぼ中央で天に向かってさっと旗をあげる審判の姿が見える。応援も鳴り物なし、生身の体と体で黙々と勝負するラグビー。間近で見ると選手の体から湯気が立ち迫力あるが、この句は審判に焦点を当てて大きい競技場での観戦の感じをとらえ、冬の空気を感じさせる。ホイッスルが冴え冴えとした空に響く。「花鳥諷詠」十一月号(2009)所載。(今井肖子)


January 0912010

 味噌たれてくる大根の厚みかな

                           辻 桃子

句なしに美味しそう。〈大根は一本お揚げ鶏その他〉の句と並んでいるが、いずれもとにかく美味しそうだ。この句の場合、味噌たれてくる大根、ときて、煮込んだ大根に味噌がかかっているのはわかるけれどまだそれだけで、厚みかな、としっかりした下五であらためてとろっと味噌がたれる。その絶妙の感覚が、こういう美味しそうな俳句の、写真にも文章にも真似のできない味わいだろう。じっくりこっくり煮込んだ大根に箸をゆっくり入れる。その断面にたれてくる味噌の香りと大根の匂いや湯気までが、それぞれの読み手の頭の中に映像として結ばれて、そのうちの何人かは、あ〜今日は大根煮よう、と思うのだ。この作者の、これまで増俳に登場した句には〈秋風やカレー一鍋すぐに空〉〈アジフライにじゃぶとソースや麦の秋〉などがあり、料理上手な作者が思われる。「津軽」(2009)所収。(今井肖子)


January 1612010

 風花のかかりてあをき目刺買ふ

                           石原舟月

花は天泣(てんきゅう)とも呼ぶという。先日、富士山を正面に見ながら、ああこれがまさに風花、という中に居た。空は青く日が差して空気は冷たく、大きさも形もまちまちにきらきら落ちてくる風花は、たしかに天がきまぐれにこぼした涙のようだった。風花という言葉そのものに情趣があるので、あ、風花、と思うばかりでなかなか句にならなかったけれど、富士の冠雪と青空と光のかけらのような雪片の印象は深く残っている。積もるわけではもちろんなく、かといって春の雪のように濡らしながらすぐ消えてしまうというのでもなく、冷たさを持ちながら、掲出句の場合は外で売られている目刺の上に、その気ままなかけらがとどまっていたのだろう。目刺の青のひんやりとした質感ときりりと青い空。買ふ、と詠むことで作者の位置がはっきりして、生き生きとした一句となった。「図説 俳句大歳時記 冬」(1965・角川書店)所載。(今井肖子)


January 2312010

 ガラス戸の遠き夜火事に触れにけり

                           村上鞆彦

事は一年中起きてしまうものだが、空気が乾燥して風が強い冬に多いということで冬季。とはいえ、火事そのものは惨事であり、兼題に出たりすると、火事がどこかであったかしら、と思うのもなにやら後ろめたく、また季感もうすい。「この句はいかにも火事らしい」などと言っても言われても、なんだかなあという気も。その点この句にはまず冬の匂いがある。ひんやりと黒いガラス戸の向こうに見える小さく赤い炎に、思わず指を重ねたのだろうか。平凡な沈黙を破るかのような一点の火。見慣れた夜景が生々しく動きだし、その中に急に人の息づかいを感じてしまう。そして、ガラスから伝わってくる冷たさを指先で共有する時、読み手はまた作者の内なる熱さに触れるような心持ちになるのかもしれない。他に〈コート払ふ手の肌色の動きけり〉〈浮寝鳥よりも静かに画架置かれ〉など、衒わず新鮮な印象。「新撰21」(2009・邑書林)所載。(今井肖子)


January 3012010

 一筋の髪が手に落ち春隣

                           山西雅子

のところの東京は、突然Tシャツ一枚で歩けるような陽気かと思えば翌日はダウンジャケットを着込む有様で、次々咲く近所の梅に、明日はまた真冬の寒さだからその辺で止めておかないと、と思わず話しかけたくなるほど。春待つ、のひたすらな心情に比べて、春隣、には、ふと感じて微笑んでしまうほのぼの感がある。そう考えるとこの句の髪は、作者自身の髪ではないのかもしれない。たとえば子供の髪をとかしてやっていて、やわらかく細い髪が手のひらの上で光っているのを見た時、そんな「ふと」の一瞬が作者に訪れたのではないだろうか。そういえば重なっているイ音にも、口元がついにっこりしてしまうのだった。〈マフラーを二巻きす顎上げさせて〉〈冬木に根あり考へてばかりでは〉『沙鴎』(2009)所収。(今井肖子)


February 0622010

 春浅し心の添はぬ手足かな

                           多田まさ子

にが嫌、というわけでもなく、どこか具合が悪い、というわけでもなく、今日も朝から忙しく働いて1日が過ぎる。これ以上青くはなれない二月の空、ひとあし先に春めいてきた日差しとまだまだ冷たい風。そんな季節の狭間の戸惑いに、内なる戸惑いが揺り動かされ、静かに作者の中に広がる。春の華やぎの中で感じる春愁より、季節も心持ちも茫洋としてつかみどころがない。でも風が冷たい分、その心情はすこし寂しさが強いように思う。ともかく、しなければならないことが山積みでゆっくり考えているヒマがないことが良いのか悪いのか。ただ、こうして動いている手足は自分のもので、これからはだんだん暖かくなっていくのだ、ということは確かなのである。『心の雫』(2009)所収。(今井肖子)


February 1322010

 凍解の土いとほしく納骨す

                           山田弘子

の一月父の納骨の際、墓の石蓋をあけて、祖母と祖父の骨壺が土の上に置かれているのを見てちょっと驚いた。何が根拠なのかはわからないが勝手に、中も石でできているような気がしていたからだ。十数年、日のあたることのなかった墓石の下の土は、三つ目の骨壺をやわらかく包んでまた眠りについた。作者がご主人を亡くされたのは、2001年の冬とうかがっている。やはり納骨の時、黒々と湿った土を目の当たりにされたのだろう。それを凍解の土、と詠まれたところに、妻としての心持ちと俳人としての目の確かさとが織りなす詩情がある。いとほしく、の一語が、少しの涙とともに土の上にほろほろとこぼれ、永遠の眠りについた魂をつつんだことだろう。花につつまれた祭壇の遺影は、呆然としている私達に、いつも通り明るく微笑んでおられた。「肖子ちゃんの句いいわよ、これからはあなた達が頑張って」。俳句を始めてからいろいろへこむことも多い私は、お目にかかるたびに励まされた、お世話になってばかり。頑張ろう、とあらためて心に誓いつつ、合掌。「彩 円虹例句集」(2008)所載。(今井肖子)


February 2022010

 待てば来る三月も又幸せも

                           川口咲子

京は二月に入って雪続き。余寒どころではない寒さだけれど、春の雪はすぐ日差しに吸われて消えていく。二月の学校は、中学入試に始まって学年末の慌ただしさに新年度の準備の開始、高三の入試結果の悲喜こもごもと忙しない。三月は別れの季節であり、まだまだ冷えこむことも多いけれど、一日ごとに空の色が変わっていくのを確かめながら花を待つ毎日は、心楽しいものだ。春は必ず来る、と言われても、私には春は来ない、なんて気持ちになることがある。でも、三月は確かに、必ず待てば来る。三月も、で一呼吸入れて読んでみると、自分自身に言いきかせているような、かみしめるような、幸せ、ということばが、三月、の具体性によって、向こうからにこにこ近づいてきてくれそうな気がしてくる。句集名の『花日和』(2001)も、幸せを感じさせる言葉だ。(今井肖子)


February 2722010

 草萌えて黒き鳥見ることもなく

                           横山白虹

萌には草の青、下萌には土の黒をより強く感じる、と言われたことがある。下萌というと、星野立子の〈下萌えて土中に楽のおこりたる〉〈下萌えぬ人間それに従ひぬ〉を思うが、そこには今まさに草萌えんとする大地の力がある。草萌は、二つ並んだ草冠がかすかにそよいで、文字通り明るい。掲出句の黒き鳥の代表は、カラスだろう。枯木に鴉、というと冬の象徴だが、音の少ない冬の公園などでは、確かにカラスのばさばさという羽音がいっそう大きく聞こえ、見上げると冬空より黒いその姿が寒々しい。やがて、水鳥が光をまき散らしながら準備体操を始め、尖った公園の風景も少しずつゆるんでくると、カラスもまた春の鴉となってお互いを呼び合うようになる。黒き鳥、が象徴する閉塞感が、外から、また身の内からゆっくりとほどけてゆく早春である。『横山白虹全句集』(1985)所収。(今井肖子)


March 0632010

 蟻出るやごうごうと鳴る穴の中

                           村上鬼城

日は啓蟄。ということで、啓蟄の句をあれこれ見ていたところ、手元の歳時記にこの句が。蟻穴を出づ、の句ということだろう。蛙などが実際冬眠しているところを見たことはないが、そうそう集団でいることはない気がする。しかし蟻は、もともと集団生活をしているわけだから、あのくねくねと緻密に作られた巣のそこここで、かたまって休んでいるだろうと思われる。暖かくなり、まず誰かが目覚める。蟻にも個人差があって、ナマケモノが三分の一はいるというが、生来は働き者。あ、起きなくちゃ、みんな起きろ〜働くぞ〜、といった気配が、あっという間に巣全体に、かなりの勢いで伝播するに違いない。さっきまでの静かな巣が、猛然と騒がしくなる様が、ごうごう、なのか。一読した時は、土中の穴を揺り動かす得も言われぬ地球の音のようなものをイメージしたが、具体的な蟻の様子を想像してもおもしろいかなと。いずれにせよ、決して目の当たりにすることのできない土中のあれこれを思うと不思議で楽しい。原句の「ごうごう」は、くり返し記号。「虚子編 新歳時記 増訂版」(1995・三省堂)所載。(今井肖子)


March 1332010

 大川のうたかたはじけ蝶となる

                           河野美奇

、ちょっと散歩に出たら蝶に行き会った。久々の日差しにつられて出かけた者同士、といった出会い方で。すれ違ったというのもおかしいけれど、なんだまだけっこう寒いじゃないの、とでも言いたげに、揺れながら飛んでいってしまった。この句の作者は、隅田川の川縁で蝶と出会ったのだろう。水面のきらきらと蝶のひらひら、まだ少し冷たさの残る川風に吹かれている。蝶が去ってしまってから、この水面のきらきらの中から蝶が生まれたような気がしてくる。そんな気がする、そんな心地、それを言いたいのだけれどなかなか言えない、私などはよくあることだ。しかし作者はきっと静かに、蝶に思いをめぐらせながら、川面を見つめていたに違いない。ほんとうに泡が見えたのか、光がはじけたのか、その一瞬を逃すことなく、うたかたはじけ蝶となる。観る、待つ、逃さない、できそうでなかなかできない。『人のこころに』(2010)所収。(今井肖子)


March 2032010

 万華鏡廻すごとくに囀れり

                           岡田日郎

の句とは『俳句・俳景 山の四季』(1997)という本で出会った。作者は、四十年かけて「日本百名山」を踏破されたという。この句に並んで〈囀りの中絶叫の鳥ありし〉。囀りと絶叫、意表をつかれやや驚きながらも、そこには圧倒的な生きものの音が感じられる。その迫力とはまた違った掲出句。鮮やな万華鏡から連想される囀りは、春の輝きに満ちている。万華鏡収集が趣味、という友人が、「万華鏡って、二度と同じ模様が見られないところが好き」と言っていた。確かになあ、と思って覗いていると、その美しさは不思議で儚い。まして命あるものは、音となり形となって存在しているこの瞬間、突然消えてしまってもなんの不思議もない。あたりまえのように廻ってくる春も、二度と同じ春はなく、春が廻ってくることが、いつかあたりまえのことではなくなるのかもしれない、などと思いながら、ガラスの万華鏡で久しぶりに窓の外を覗いてみた。(今井肖子)


March 2732010

 すみれ踏みしなやかに行く牛の足

                           秋元不死男

みれに可憐なイメージがあるのは、ちょっとうつむき加減の咲き具合と、その名前の音のせいだと思っていたら、由来は「墨入れ」と聞いて、へえそうなのかと。ともかく生命力が強いことは間違いなく、我が家の門の前に始まって、駅までの歩道の割れ目にいくつも咲いている。「日本は世界有数のスミレ大国」と、この句の載っている『季寄せ 草木花』(1981・朝日新聞社)にある。スミレ大国とはのどかな響き、この句のように、れんげも咲きすみれも咲きいろいろ混ざり合った草の匂いがする春田が思われる。牛の歩みはゆっくりと、春泥を沈めながら続いており、踏まれてもまたそこに咲くであろうすみれも、しなやかである。(今井肖子)


April 0342010

 花時の赤子の爪を切りにけり

                           藤本美和子

すももいろがほわっと広がる、まさに今頃だろう。〈春満月生後一日目の赤子〉〈嬰児の臍のあたりの日永かな〉に続いての一句なので、生まれたばかりの赤ちゃんとわかるが、一句として読んでも、桜の頃のその赤ちゃんの頬の色、花びらよりも小さな小さな爪、やわらかな風、そんなあれこれが見える。そして、その一連のふわふわ感で終わってしまわずに、切りにけり、と文字通りきっちり切ることで、花時の茫洋とした空気がよりいっそう感じられる一句となった。赤ちゃんの爪を切るのは一苦労、と言うが、私がまだ言葉らしい言葉を発していなかったほどの赤ん坊だった時、母がつい深爪をしたとたん「イタイ」と言ったらしい。「あなた、最初にしゃべった言葉が、イタイ、だったのよ。昔からちょっとおかしな子だったわね」だそうだ。『天空』(2009)所収。(今井肖子)


April 1042010

 ここ此処と振る手儚し飛花落花

                           池田澄子

花から満開まで何度か花を見に出かけたが、ほとんどダウンジャケット着用。夜、月を仰ぎながら、ぼーっと飛花落花の中に立つ、ということもないまま花は葉に、となりそうだ。咲いてから冷えこむと確かに花の時期は長いけれど、枝の先の先までぷっくりまるく咲ききって、そこに満ちあふれた散る力が、光と風に一気に解き放たれるあの感じはやや乏しい気がする。それでも、花の下で幾度か待ち合わせをした。目当ての花筵を探したり、来る人を待ったり。遠くから視線が合うと皆手を振る。掲出句で手を振っているのは、作者を待っていた人か。花びらの舞う中でひらひら動くその手に、ふと儚さを感じたのだろう。空へ地へ散り続く花の中にあると、確かな意志を持って明るく振られている手がそんな風に見える瞬間が、きっとある。『俳句』(2010年4月号)所載。(今井肖子)


April 1742010

 からすゐてなんのふしぎぞ烏の巣

                           西野文代

がうるさくて眠れなかったと花魁がぼやいた、という江戸時代の文献があるとか。昔は神の使いだった烏もその頃から、身近な存在である反面やっかいなカラス、となってしまったのだろうか。都会のカラスが、枝のかわりに針金など光るものを選んで巣を作ると聞いてはいたが、昨年、色とりどりのハンガーらしきものでできた巣を目の当たりにして、あらためてそのたくましさと賢さに驚いた。確かにカラスといえば、ゴミ集積所で餌を漁っているとか、枯れ枝にとまっているとか、勝手に決めているふしがあり、巣におさまっている、というのはなんとなく不似合いな気がしてしまう。掲出句の作者にも同様の心持ちがあると同時に、カラスに対する視線は優しい。そしてそのおおらかな詠みぶりに、都心にしては大きい森で鳴き交わしていた、春の鳥らしいカラスを思い出した。これからの季節、少し神経質になったカラスが多少恐くてもうるさくても、ご近所に住む者同士、と思うことにしようか。『それはもう』(2002)所収。(今井肖子)


April 2442010

 春雨てふ銀の鎖をくぐりけり

                           矢野玲奈

れを書いている今も細かい春雨が降っているけれど、また冬に逆戻りの冷たさ。少し濡れてもいいかな、という艶な雨ではない。それにしても今日みたいな雨ばかりだったなあ、この春は、と思いながらも、この句を読むと、春の雨の風情を思い出す。うっすら白い空の色がそのまま零れて、仄かな銀の光をまとった雨粒になる。雨の糸、と言うと、細かさが見えるが、銀の鎖、という表現は輝きと共に、その一粒一粒にある生命力、草木や大地そのものを育む力を感じさせる。傘をささずに手をかざすくらいで、小走りにちょっとその先まで雨をくぐって行く作者も、春雨に通じるたおやかさと明るさと、内なる力強さを合わせ持っているのかもしれない。そして、桜蘂の上にうっすら雪がのる、という不思議な今年の春が行く。「新撰21」(2009・邑書林)所載。(今井肖子)


May 0152010

 定年はやがてくるもの花みづき

                           日下部宵三

日から五月、夏近し。とはいえ、どうもすっきりしない春だった、とぶつぶつ言っているうちに、花みづきが満開の通勤路である。花みづきは、歳時記では夏季だったり春季だったり。確かにあの眩しい白は、街を一気に初夏の景色にするけれど、春から夏へ、空の色も少しづつ変わってくる今頃の花だ。学校は当然の事ながら、皆等しく三月に定年退職となる。五十代も後半に突入して、その時がぐっと近づいてきた心地のこの頃だが、自由の身となった開放感を一ヶ月ほど味わったあと、満開の花みづきの白さに何を思うだろう。などと思いながら、やがて、を広辞苑で調べると、「本来は、間に介在するもののないさまをいう。」とあり、「すぐさま。ただちに。」が1.の意味になっている。2.の意味として、「まもなく。ほどなく。今に。」などあるが、それでも思っていたより、間近な印象だ。北米原産というこの花の、見ようによってはあっけらかんとした明るさに、急かされるような励まされるような不思議な気分になるのだった。『花の大歳時記』(1990・角川書店)所載。(今井肖子)


May 0852010

 葉桜や橋の上なる停留所

                           皆吉爽雨

留所があるほどなので、長くて広い橋だろう。葉桜の濃い緑と共に、花の盛りの頃の風景も浮かんでくる。最近は、バス停、と省略されて詠まれることも多い、バス停留所。こうして、停留所、とあらためて言葉にすると、ぼんやりとバスを待ちながら、まっすぐに続いている桜並木を飽かずに眺めているような、ゆったりした気分になる。大正十年の作と知れば、なおさら時間はゆっくり過ぎているように思え、十九歳で作句を始めた爽雨、その時二十歳と知れば、目に映るものを次々に俳句にする青年の、薫風を全身に受けて立つ姿が思われる。翌十一年には〈枇杷を食ふ腕あらはに病婦かな〉〈ころびたる児に遠ころげ夏蜜柑〉など、すでにその着眼点に個性が感じられる句が並んでいて興味深い。『雪解』(1938)所収。(今井肖子)


May 1552010

 麦秋をうすく遊んでもどりけり

                           伊藤淳子

句は自分にとって遊びかな、とふと思う。仕事と遊びに分類するなら、今もこれから先も間違いなく遊びだが、遊び、というと、ちょっと適当っぽいニュアンスが漂う。かといって、真剣な遊び、などという言い方はあまり好きではないし、と考えがまとまらない。掲出句、さらりとうすく遊んできたという作者である。麦秋、が心地よい時間を、もどりけり、がほどよい疲れを思わせる。たとえばそれが吟行旅行だとしても、ともかく何でも見ておかなくては、俳句にしなければ、などと考えず、目に映るもの、肌で感じるものを楽しみながら、時間の流れに身をまかせるような過ごし方のできる作者なのだ。やはり俳句は私にとっては、遊び、という言葉のゆとりの意味合いも含めて、一生楽しめる遊びだろう。『夏白波』(2003)所収。(今井肖子)


May 2252010

 泰山木の花に身を載せ揺られたし

                           林 昌華

供の頃住んでいた病院の官舎のすぐ近くに、広っぱ、とよばれていたグランドがあった。父は脊椎損傷の専門医で、その病院は元、傷兵院と呼ばれ戦争で車椅子の生活となった患者さん達が暮らす療養所だった。グランドは、昼間はテニスコートやアーチェリー場として使われ、夕方からは、学校から帰った官舎の子供が集まって遊ぶ広っぱになった。そこに泰山木の大木があった。官舎は古かったが広い縁側があり、朝夕二十数枚の雨戸を開け閉めするのが私達子供の役目で、毎日泰山木の木を見て過ごした。花を間近で見ると、ふんわりと空気を包むような形の花弁は大きくほんとうに白く、初夏の広っぱの匂いがした。患者さん達は皆車椅子を上手に操りスポーツを楽しみ、私達官舎に住む子供とよく遊んでくれた。思い出すのは優しい笑顔ばかりだけれど、戦争で傷を負い一生をその療養所で送ることを余儀なくされたのだったとあらためて思う。掲出句の心地よさは叶わぬ願いでありどこか極楽浄土も思わせる。泰山木の花の思い出は、療養所の広っぱと父の思い出でもある。『季寄せ 草木花』(1981・朝日新聞社)所載。(今井肖子)


May 2952010

 仏壇は要らぬさくらんぼがあれば

                           小西昭夫

笑んだ小さい写真一枚に、ガラスの器のさくらんぼ。初夏の風の吹き抜ける部屋で、またこの季節が来たわね、と写真に話かけたり。と、すがすがしい風景も想像される。果物の中で、これがとにかく大好物で、という話をよく聞く。他の食べものや野菜などに比べて、季節感が濃く、その時期にしか出回らないものが多いからだろう。知人にもいろいろいて、さくらんぼや西瓜を初め、無花果や枇杷から、ぐじゅぐじゅに熟した柿に目がないの、という人までいる。年に一度その旬を心待ちにする喜びがあるので、よりいっそう好きになるのだろう。仏壇は要らぬ、という断定の頑固さと、さくらんぼへの愛しさの結びつきに、作り事でない本心が見えて、おかしみのあとちょっとしみじみしてしまう。『小西昭夫句集』(2010)所収。(今井肖子)


June 0562010

 東雲の茜植田の濃紫

                           西やすのり

田は田植えが終わったばかりの田。この季節、少し東京を離れると車窓に植田が広がり、田いっぱいに張られた水は、空や雲や山を豊かに映している。作者は米作りに従事されており、この句は「鍬」と題した三十句の連作の中の一句。〈古草に勢ひの鍬を入れにけり〉〈末田まで水を見に行く納涼かな〉〈目を閉ぢて明日刈る稲の声を聞く〉など、淡々と叙しながら実感のこもる句が続く。掲出句、明け方田を訪れたのだろう。東は山で、その山際がかすかに赤みを帯びてくる。夜の静けさと朝の清々しさの間のほんのひととき、明け切らない雲に息づく茜色とまだ目覚めていない一面の田の深い水の濃紫。その水が、今日も光を集め風をすべらせながら早苗を育んでいくのだろう。こうして毎日、朝に夕に田を訪れて肌で季節を感じる暮らしの中から句が生まれている。『花鳥諷詠』(2010年3月号)所載。(今井肖子)


June 1262010

 百合の香の朝やはらかと思ひつつ

                           小川美津子

、家に帰りついて部屋のドアを開けた途端、そこに百合の闇が待ちかまえていたことがあった。何年か前のちょうど今頃、むっとする空気とともに一気に押し寄せるその香りは、まさに息が詰まるほど。芳香には違いないが、ちょっと苦手という人もいるかもしれない。山道を歩いていて、ほのかに百合の香りがするのに花が見あたらず、よく見たら枯れた百合がそっと落ちていた、ということもあった。ほんのりと甘さを風に残しているくらいで、ちょうどよかった気がする。この句の作者は、朝の散歩で百合に出会ったのか、朝摘みの百合を活けたのか。百合も目覚めたばかり、まだひんやりとすがすがしく、その香りもなんとなく漂うくらいなのだろう。「やはらかと思ひつつ」今日もきっと暑くなるし百合の香りもさらに濃く、百合らしくなっていくのだろうと思いながら、静かな朝のひとときを過ごしている。『青田』(1996)所収。(今井肖子)


June 1962010

 息づかひ静かな人と蛍の夜

                           茨木和生

種の蛍は、たくさんいても同じリズムで光るのだという。まだ薄明るい空を時々仰ぎながらじっと待っていると、ひとつ、またひとつ光り始め、気がつくと蛍の闇の中にいる蛍狩り。そのリズムが、熱を持たない光を、蛍の息づかいのように感じさせるのだろう。残念ながら私は、子供の頃近所の川で見たとか、句友数人と蛍狩りに行ったとかいう記憶しかない。この句の作者は、二人並んで同じ蛍を見ながら、同じ時間を過ごしていることに、同じ空気を吸っていることに、静かな喜びを感じている。まわりにたくさん人がいて話し声がしていても、作者に聞こえるのは目の前の蛍の鼓動と、隣にいる人のかすかな息づかいだけ。女流作家の蛍の夜の句とはまた違った艶を持つ句、遠い記憶の中の忘れられない蛍の夜、なのだろうか。『畳薦』(2006)所収。(今井肖子)


June 2662010

 四葩咲きよべの涙を忘れしむ

                           文挾夫佐恵

勤路の紫陽花、さみどりの蕾が日に日に色を見せていまちょうど雨に似合う青紫。四葩(よひら)を紫陽花の意味で使うのは、「特に俳句でいう。」(広辞苑)とのことだ。小さな花を豪華な四片の萼が囲んでいる。昨日の帰り道ご近所で、庭の紫陽花が道路まではみ出したのを一気に刈っていた。まだたくさん花がついていて、通りがかりの私達にも「よかったら持っていって」と。一輪いただいて帰りガラスの器に挿した。大きい毬がかたまって咲く割には、その深く濡れた水色といい、咲く時期といい、さびしい印象のあった紫陽花だけれど、こうして一輪と向き合ってしみじみ見ていると可憐でかわいらしい。涙色の紫陽花と見つめ合いながら、少し微笑んでいる作者の顔が見えるような気がするのだった。『花の大歳時記』(1990・角川書店)所載。(今井肖子)




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